夏の旅行をしてきました。
長崎、福岡、熊本、鹿児島と車で行ってきました。
愛媛の三崎港からフェリーに乗って佐賀関港へ。
高速で長崎へGO!
長崎では、友人2家族と一緒に数日を過ごし、
その後、熊本に一泊、鹿児島に一泊してまいりましたが、
今回の旅は、全て友人つながりの旅でした。
長崎へは、一緒に「みらいの芽」という活動をしている友人が、
「実家が空き家だから一緒にいかん?」
と誘ってくれたので、迷わず
「行くいく!」
って事で即決。
東京からも友人家族がきて、本当に楽しかった。
その実家の直ぐ傍に主人の旧友の実家が偶然ありまして、
主人が尋ねていったところ、現在鹿児島に住んでいるとの事。
既に熊本へ、これまた主人の旧友に会いに行く事を予定していたので、
「それなら鹿児島へも行こう!」
と言うことで鹿児島へ行くことに。。。
それでもって、鹿児島での話。。。
霧島市隼人町にある妙見ホテルに泊まったのですが、
このホテルがとっても良かったんです。
http://www.synapse.ne.jp/myoken/menu.htm
(↑妙見ホテル)
値段も安いし、食事も無駄に多すぎず丁度良い量でした。
また、スタッフの感じがとっても良いんです。
どう感じが良いかというと、
・ホテルに釣り合った年齢(おばちゃん、おじちゃん)
・無駄な愛想がない
・全く無理を感じない気配り
・自然な立ち振る舞い
うーーん、これってすばらしい(^^)
ホテルの人って、だいたいみんな良い感じではあるんだけど、
仕事なんだよね。
それに比べて、ここの人達は普段の臭いがする。
それがとっても安心できるんだよ。
くつろげるんだよね。
それと、お風呂がすごく、すごくいい。
お湯が良いの。
源泉から引いていて掛け流し。しかも飲めるんだよ。
体に良さそうなので飲んでみたところ、鉄の味がしました。
岩風呂と大浴場と、二カ所あって、時間帯で男湯、女湯を入れ替わります。
24時間入浴O.K!食事の後岩風呂にはいったのですが、ずーーと一人。
とても広いんですけど、ずーーーっと一人でラッキー。
3時間位いたと思う。。。
とっても大きな岩風呂。
山中にぽつりと其所だけに、天から光が射し込んでいる
秘湯って感じの雰囲気。
太古の昔から流れているような
とっても静かな空気が流れているんです。
それらは演出された物では無い、
老舗の旅館だからこそ味わえる時間の力なんですね。
タイルなんかもすごく古くて、いくつも剥がれ落ちているんですよ。
でも、全然不潔な感じがしない。
それどころか、よく手入れされていて、とっても気持ちの良い空間なんです。
今時の、スタイルだけは良いんだけど、にじみ出る物がない温泉とは全く異なり、
手入れされた物だけにある輝きと心地良さがあるんです。
私は、古びたタイルから改めて、
愛されている物から伝わってくる心地よさを感じました。
そんな素敵な温泉、たった一人・・・リラックス・・・。
誰にも気兼ねすることなく、ふかい時間と豊かな湯に浸り、
本当に生き返りました。
湯に入っては出て、タイルに座り呼吸法をしたり、
岩風呂に入ったり、檜風呂に横になっては入ってみたり、
また出て、呼吸法をしながら瞑想したり・・・もう、ずっと入ってたかった(^^)
久しぶりの宇宙にぽつり一人の時間。
翌日は高知へ帰る日だったんですけど、
どうしても行きたかったところがあったので寄り道。
その昔、南九州に住んでいた隼人族の歴史が知りたくて、
隼人塚史跡館に行ってきました。
私の息子の名が隼人というのですが、
この名前を付ける事になったのは、ただのひらめきなんです。
息子がお腹にいた当時、私は予備校生でした。
通学中、歩きながら不図浮かんだ名前が「はやと」だったんです。
何にも考えて居ない時に急に浮かんだので、
「あれっ?なんでいきなりうかんだんだろう??」
って、すごく不思議に思ったのを覚えています。
それで、「はやとか・・良いね」
と思い、どんな字にしようかと、辞書を調べたところ、
勇敢な隼人族という部族がいたことを始めて知りました。
ばたばたと羽を動かさなくとも、大空を優雅に飛行する隼の姿を思い描き、
そんな優雅に自由に大空を羽ばたいて欲しい・・・との思いで付けた名前なんです。
ところがその後、主人に言いましたところ、
なんと主人の母親の実家が隼人町だと知り、ビックリ!
加えて、中学の時の友人が
「そういえば、るんって中学の時に(はやと)って付けるっていってたよね」
とか言われて、「えっ、そんな事言ってたっけ?」と思いましたが、
何だか、隼人って名前は、付けるべきして付けたというか、
隼人だったというか、この隼人族の事を知れば知るほど、他人とは思えないくて、
私って、隼人族だったんじゃないかって、密かにそう思っていたりして、
(本当にそうなのかい?)と自問自答したくて、隼人族のことを調べたりしています。
自由で平和な社会を築いていたと言われる隼人族。
大和朝廷による統治に対し、反乱を起こして抵抗けど
結局1400人もの隼人が殺されたり捕まったりしたんだって。
大和朝廷以前から、天皇家に仕えていた部族で、
儀式などでその役割を果たしていたとか、
天皇家とも縁のふかい部族なんだよ。
一口に隼人といっても、すぐに朝廷側に付いた隼人と、
最後まで抵抗した隼人といるんだ。
強制的に奈良や京都、滋賀県などに移住させられた隼人もいて、
それらの地域では今でも(隼人舞)という舞が舞われているんだって。
それは、静かな舞で天皇家への服従を意味するとか。
私は、なぜ隼人が隼人の反乱を起こしたのかを知りたい。
南九州に住んでいた隼人達。
コノハナサクヤヒメの子、海幸彦の子孫。
私は日頃から、自分個人の意志ではない、
底知れぬものに突き動かされながら生きている事を実感していて、
それが何なのかをどうしても知りたいと思っています。
隼人を知ることで、ヒントが得られるはずだ。
太古の昔、人が人である事はとても創造的な事だったのではないだろうか。
人としての立ち振る舞いや、人に出会うことの意味は、夜空の星に出会うような、
そんな壮大な出来事だったのではないだろうか。
出会いとは、自分の意志とは違ったところで巡ってくる事になっている。
だからこそ、今の自分の感覚を信じる事が大事なんだ。
全ては自分が知っているのだから。
なぜ、今があるのかを。
そんなわけで、いつか行きたいと思っていた隼人町に、
スルスルーっと行けました。
隼人の遺跡は、まだ未発掘なものもあり、
とても興味深い地域です。
温泉も良かったし、また行きたい。
それまでにもっと隼人の勉強しよーっと。
時間に癒される。
石に癒されるのも、きっと同じようなことだと思う。
2 件のコメント:
私も隼人族が気になって以前調べましたが、隼人族の資料ってあんまり見つかりませんね。あの時代の日本の資料は特に残って無いみたいですし、ほぼ憶測に頼られるのかなと。 個人的なイメージとしては手塚治の「火の鳥黎明編」に出てきた熊襲族とかがしっくりきます。 この記事を見てたら思い出して隼人舞を検索したら、来月京都の京田辺市にて行われるそうなので興味本位で観にいこうと思います。あと盾のデザインがかっこいいですね。
隼人といわれる人たちは元々は九州の南方に住んでる人たち全般の事をいっていたようです。その中で、阿多隼人と大隅隼人との地域別の呼び名があって、京田辺に移住したのは、阿多隼人と呼ばれる人達だと読みました。
それ以前は、独自の文化を育んで生きていた人たちが、あるときから『ここは今日から大隈国です。国府はここです。国守はこの人です』と、他民族に言われ、結果、隼人は国守を殺害します。 この一大事に朝廷は、新たに従隼人持説大将軍と副大将軍の2名を任命します。当時の常識で、大将軍と副大将軍の二名を任命するという事は、1万人の兵が出兵される事を意味するそうです。
そして、大和朝廷による大隈国政化に最後まで反発した隼人達が、最後は殺されたり捕虜になったのだそうです。北は蝦夷、南は隼人だったみたい。
国政が敷かれる以前から、朝廷にとっての隼人の存在は、隼人司があったほど、特別だったみたいです。この隼人司については、とっても興味深い任務があるんですよ。それが、隼人の霊的能力に関係していて、元日や即位、蕃客入朝時に吠声を発するという役割があるんです。その役割を隼人の事を『今来隼人』と言ってんですって。神事において重要な役割を果たしていた様です。
隼人司は、衛門府に属しながら、その役割は、除霊の役割が多かったようです。
にも拘らず、朝廷の儀式の場では、隼人に楯や槍、横刀を携帯させていて、これを意味するところは、大変勇ましい隼人も天皇に仕えていることを演出する事で、天皇の威厳を誇示したと、『隼人古代史』の著者である中村明臓さんは分析しています。隼人司が存在していた当時(8世紀)の 文献は、それなりにあるようで、この辺は信憑性があると見ていいみたい。
面白い事に、今来隼人は、新来、新参の隼人の事で、朝貢したばかりの隼人にその能力が強いとされていたんですって。これって分かるよね。
『隼人古代史』は面白いです。数少ない文献や、今もって使われている地域名、
また、当時の歴史的背景などなどから、かなり細かく紐解いています。 熊襲の事も書いてありました。
この『熊襲』に使われてる『襲う』に意味を見出していて、この感じは普通は使わない、元は違う字を使っていたが、
途中で意図してこの字に変わったとも言っています。
『火の鳥』は全巻見たけれど、昔の事なので、熊襲が出ていた事を覚えていない。。。
見れば思い出すと思うので、機会があれば是非見てみます。
鹿児島の隼人族史跡館にいった時のことですが、この史跡館には、私達と同じように、隼人と言う名前に導かれて、わざわざ、史跡館を訪れる人が少ないない。。。と、館長さんが言っていました。
私が行った時も丁度、そのような人がバイクで通っていましたよ。何度も来ている人みたいでした。 隼人舞は、どんなでしょうね。
何か新しい発見があると面白いですね。
コメントを投稿