墓について不図考えた。
私は墓なんて、価値の無い空虚なものだと思っている。
家の敷地内に作れるならまだしも、
都会では、高いお金をだして買い、
年間維持費もかかる。
高いを金をだして、過去に縛らられるなんて、
まったく持って、人間はどれだけ短い一生を生きているんだと、
時の流れや、宇宙の命の尊さよりも、ホンのわずかな人生が、
この世の全てであるかのごとく、
一瞬の出来事に固着している。
本当に愚かだと、そう思っていた。
もちろん今でもそう思っているけれど、
そこには、他のものには求められず、
墓と個人との間にしか存在しない
唯一無二の空間が存在しているのだろうと、
それはとても大切なものだと、
そう思える自分も同じく存在しているのです。
ただ、私は時間は消えてなくなるものだと思っている。
細胞と同じだ。
消えてなくなる。
そして、また新しい時間が生まれる。
だから、、死者も消えてなくなって欲しい。
私は最愛の姉をなくしているが、
姉がもう、私と生きた姉ではなく
新しい存在になっていて
欲しいと思うし、なっていてるだろうと思っている。
それは、悲しい別れではなく、
永遠に続く世界とともに生きるということなんだ。
私のとって墓とは、終わりを意味する。
だから、墓を否定するのかもしれない。。と、不図思った。
私は輪廻転生派だ。人は何度も生まれ変わる。
生まれ変わり方については、
何人、何物にも生まれ変わると思っっている。
魂の転生があるとおもっているのだ。
魂が生きる範囲は、宇宙全般であるだろうと思う。
人は素粒子からの旅を続けている。
だから、人一人の一生は、とても短いけれど、
魂はとてつもなく永い旅をしているのだと、そう思っているのだ。
そんな、人生観なので今の時代が苦しく感じる事があるんだよ。
そんな時は、心底人間が嫌になるんだよね。
。。。。
友達から電話だ。
タクちゃんのハウスに行って、いんげんとってこよ。
いっぱい取れるらしい♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪
昨日みた映画「テルマエロマエ」のことも書きたかったんだけど、
早くめに手伝いに行ってほうがよさそうだ。
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