2012年6月28日木曜日

福島原発一号機一万ミリシーベルト

圧力抑制室に溜まっている水が高濃度汚染水となっている。
人が入った場合、わずか五十分で死んでしまう程の汚染だ。
人が入っての作業ができないため、
ロボットをつかった遠隔操作で作業を進めるとか。
こんな状況なのに、大飯原発再稼働なんてあり得ない。

6月16日に大阪の関西電力本社前のデモに行ってきたけど、
その時にあったおじさんが言っていた。

「釜ヶ崎に住んでいるんだけど、福島の原発事故の後始末に
周辺の連中が駆り出されているんだよね。
そいつらが、どんどん病気になって行くのを見て、
こりゃいかんと思って運動に参加してるんだよ」

と。

私は初めてこの事を知った。
汚染された建物の中の水浸しになっている所を雑巾で拭くらしい。
自分たちは綺麗な服きて、いい生活しているのに、
後始末は日雇いの労働者にさせる。

病気になっても,野垂れ死はしないくらいの事はしてくれる。
でも、それも税金。 製薬会社が儲けて終わり。

全く汚い人達。 人間の美しさは、どこにある?
少なくとも着ている服とか、社会的地位とか、
お風呂に入っているかとか、そんな事ではないようだ。

この世は欲つながりのような気がする。
自分の中にあるよくの正体が何なのかをちゃんと見れば、
自ずと自分の取るべき行動が見えてくる。

欲は負の遺産ではない。
欲があるから生きてるんだから、欲望に振り回されず、欲を活用する。
私を総括しているモノ、それが魂。
自分であって自分でないモノ。

ワタシは、私を介して様々な風景を見ている。
人間を学んでいるとおもう。
折角、人間に生まれたんだから、人間である事を満喫したい。

自分を信じる力は、わがままとか自己中とか、自身過剰とか、
そんなんじゃなくて、 他力本願なんだよね。
自己の先に他力が必ず存在している事を信じるという事。
その事を神と言ったり、自浄作用と言ったり、人は助け合うと言ったり、いろいろある。

私は、自分以外の力を信じているんだな、きっと。
何かを突破しようと思う時、必ず思う事は

「どうせ大した人間じゃないから大丈夫だ」

なんだよね。

最近ニュースの話ばかりだけど、今度、娘の通う笹馬小学校で映画の上映会をします。
「ガイアシンフオニー第七番」です。

娘の通う学校は全校児童数が今年は七名です。
先生が四名、事務員が一名で生徒をみてくれています。

校長先生が理論派の面白い人で、教育研究熱心な方。
父兄を相手に教育的専門知識をレクチャーしてくれます。
加えてスポーツが得意!
我が娘は泳ぎが苦手なんですけど、 校長先生が、

「私が二十五m泳げるようにしてあげます!」

と、言い切ってくれました(^O^)/

もし、都会にいたらチト問題になりそうな発言があったりもしますが、
私はそれも含めて結構好きですね。
ちゃんとビジョンを持っている所が何より良いです。

話がそれましたが、七月七日、八日の両日上映会をするのですが、
こんな企画は初めての事で、いろいろ大変な事もありますが、 何とかなりそう。

昨年は夏期疎開を一ヶ月に渡ってしました。
今年も要望があれば行うかもしれませんが、
昨年感じたことを今後に活かす為に、村ぐるみ、地域ぐるみで何かをしたかったんです。
同時に、ガイアシンフォニーの第七番を見て、
新たな気づきに繋がれば良いなーとの思いもあります。




私は、普通であることが、今以上に評価されてもいいと思うんです。

特別な事や刺激の強い事ばかりが注目されているけど、
普通である事って、とっても難しいことですよね。
そもそも、普通・・事体が哲学だったりしますが、
そのような観点からも、普通である、中道、中立である事って、
とても難しい事だと思っています。

でも、それを容易に見せてくれる現実があります。
その正体が「時間」だと思うのです。

時間を無視してはいけない、時間と共に仲良く生きないと、必ず歪が生まれるんだと思います。

ガイアシンフォニー第七番を見ることで、現代の時間枠に広がりがうまれるといいなーと思います。
もっと大きな空間に、人は存在している事に気が付つく事が、
凄く大事なことだと思います。

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