2012年5月12日土曜日

世の中の常識とはいったい何なのか?

自分は至って常識的で普通の感覚を持ち合わせた
時には間違う事もあるけど、けっして良識という軸
戻れないほどの異常な人間ではない・・と、
多くの人は思っているのだろう。
でも、それって本当?

生き物の本質とは、自己存続が絶対的な目的なのだ。
あらゆる日常の行為は、意識、無意識にかかわらず、
自分が生きていくために行われている。
死の境地にたたっとき、人を蹴落しても自分が生き残ろうとするのが、
動物として正しい生き方のはずだ。もし、

「いざとなったら、人を蹴落してでも生きろ!」

と言われたらどう思う?

多くの人は、何か悪い事のような、邪悪なもののような気持ちが生まれるのではないだろうか。
しかし、ひとたびその目的が
「生命の存続、種族保存、発展のためなのだ。」
との理由付けが入るとどうだろう?
瞬く間にそれは、正義へと変貌するのだ。

常識=良識と思いきや大間違い。
もはや、常識=非良識となっている節がある。

時代が大きく変化している今、
良識とは過去から来るものではなく、
みらいのためにあり、新たな常識を作り上げていかなければならない。
その為には、不要なものは捨てる事。
そして、大事なものを手に取ることだ。

人の為に生きるのではなく、自分のために生きようよ。
自分を生かす力を身につけるために生きようよ。

生き物は放し飼いが一番いいに決まってる。
つながれて生きる事が一番だ!という生き物がいたら、
そいつは最早変態だ。











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