2012年2月9日木曜日

昨日は、息子の高校受験の日です。
朝、お弁当を持たせ6時に車で土佐久礼の駅GO!。
駅周辺に来ると、同じような車数台に出くわしました。
土佐久礼の駅には、息子の同級生達の姿がちらほら。
田舎の中学生が大人への門を一歩踏み出す瞬間に出くわしたような、
土佐久礼駅の待合室だけに灯る電球の光が、やけにまぶしかったなー。
こんな人生の一コマに妙に感動した朝。
帰り道、少しずつ明るくなって、
太平洋に昇る朝日を見ながら、何ともすがすがしい朝でした。

昨日から、笹場小学校の児童数を増やし、
廃校を逃れるための活動を開始しました。
この一年で児童数を増やせるか否かに掛かっている、
かなり切迫した状況です。
とに角、直ぐにでも成果を上がる為のアクションが必要。
東京の知人に電話をして相談したところ、
直ぐに良い反応をしてくれて、早速彼のお店の通信に乗せてくれることになりました。
過疎が進む中、一校の廃校は、その村の廃村を意味します。
農業で成り立っていた村の廃村は、日本の自給率の低下に直結し、
しいては、日本人の食生活や文化の衰退に繋がる、大きな出来事なんです。
「自分だけがよければ良い」「今だけがよければ良い」
そんな考え方では、結果、自分の首を絞める事になるのです。

維持する事は大変な事ですが、一度失った物を取り戻すのはもっと大変です。
日本人は、今あるエネルギーを何処に投資していくのかをよく考える必要がある。
景気がよくならないのは、お金を生かす先を見出せないからでしょう。
町議会では、経費が掛かるから、小さな小学校は廃校にして統合しろ!
との声が大きいとか・・。「もうつぶれる村にお金をかけるな」
といっているのと同じである事をわかっていっているのでしょうか。
アラスカには、昔そこに住んでいたインディアンのトーテムポールが、
寂しくたっているとか、村が一個無くなるくらい人類史の中では、
よくあることかもしれない。でもそれは、とっても辛い事なんだ。

日本の未来を思うとき、私は、この小さな学校をどうしても残したいと思う。
その為に、自分に出来る最善を尽くすつもり。
そんな私は、協力をお願いした人が毎度快く助けてくれて、本当に感謝。
イチョウの木コンサートに東京から来てくれた崎村潤子先生
そして、今回、過疎地移住の呼びかけに協力してくれる東京三鷹のやさい村の店主大友さん、
「応援しますよ」といってくれて、本当にありがとうございます。
結果が出せるようにがんばります。

このブログを読んでくれているみなさん。
皆さんの周りで、田舎暮らしをしたい人はいませんか?
農家の嫁になりたい人はいませんか?
小さな学校で子供を育てたい人はいませんか?
ここは、ユートピアではありません。
それなりに生活苦もあります。
でも、一歩一歩、地面を踏みしめて生きる喜びはあります。

今、ガイアシンフォニー第七番の自主上映を企画しています。
チームで動きたいと思っていて、チームになってくれる人を求めています。
既に協力を依頼しようと思っている人たちが居るので、
上手くジョイントできるといいな。
力まず、生活の中で、地域を元気にしていく仲間を増やすために、
この春からまた動くつもりです。

興味がある人は連絡くださいね。

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