2012年2月16日木曜日

息子、高校入試合格おめでとう!

前回書き込んだ、ブログに載せた娘の写真・・・犯罪者の娘みたいで、うーん気になる・・・。
むしろ目なんか隠さない方がいいのだろうなー・・・。まっ、見せるほどの顔でもないって事で、いいか・・・。

昨日は、息子の高校入試発表日でした。
9日の日に面接試験があって、同日の夜から、発表日の朝まで、
東京に遊びに言っていた息子。
渋谷で未成年のクラブイベントがあるって言うんで、
音楽に嵌っている息子はどーーーーーしても行きたい!と、
言いはしなかったが、親として息子の個性を見極めた上、
「行ってらっしゃい」と快く出したわけです。
それはそれとして、15日の発表当日、
高知に帰ってきた息子にそのまま高知市内にある受験校へ
合否を見に行かせるつもりでしたが、なにやらまずい事になってしまいました。
「私服で行かせないで下さい」と、学校から言われてしまって・・・。
仕方なく急遽高知へ制服をもって車で行かなければならなくなりました。。。。

先生:「今後受験する生徒の事もありますし、
    それと、岩城君が学校を休んでいる事で、
    生徒からもなんで休んでいるのか聞かれるんですよ。
    家庭の事情でと言ってありますが、
    合否会場に私服で岩城君が現れると、
    その後の学校生活にも影響があってはいけない・・・」

 なんて事を言われました。
(そうですよね、わかります、いたって常識的な考え方だと思います)

私「わかりました。それでは制服をもっていく様にしますが、  
  今息子と連絡を取るすべが無いのですが、
  高校の正門で待ち伏せするしかないですね」

先生「そうですね」

私「わかりました。そのように致します」

。。。息子が東京に行くに当たっては、親として、息子の長い将来を見据えたときに、 
大人からすれば取るに足りない、クラブイベントかもしれないが、
息子にとっては青春の一ページに刻むには相当の出来事になるわけで、
その事によって新たに進路を進む息子のエネルギーにも成り得ると判断したから
(遊び=学び)に行かせたんだあって、そこになんら世間様に負い目は無いわけです。
ただ、担任の先生には、お世話になっていますから、その旨丁寧に手紙で連絡しましたが、
嘘をついて休ませるのは違うと思うのです。
然るに、先生におかれても、そのまま生徒に伝えてもらえるような、
そんな教育環境である事を望むのですが、それが非常識になってしまうのが現状なんですね。

(・・・合否会場に私服で岩城君が現れると、その後の学校生活にも影響があってはいけない・・・・)

分かります、ヨーク分かりますとも、でもですね先生、こんな風に指導できませんか?

先生:(岩城君は、東京でどーしても行きたいイベントがあるので休んでいます。)
生徒:(えー、ずる休みじゃん、ずるいーー)
先生:(ずる休みではないぞー、ちゃんと連絡をくれているんだ。
    それに何処で休んで、何処でがんばるかは、本人が決める事だ。 
    彼にとっては、とても大事なイベントだから休んでまで行っているんだから、
    それを他人があんに批判するのは違うんじゃないのかな、
    彼は彼の責任で生きているんだよ)

とかなんとか、お説教してもいいんではないでしょうか。

15日の発表当日に帰ってきて、合否を見る息子の心中はですね、

(また、高知に逆戻りか・・その上、落ちていたら学校に行き辛いなー・・)

と、これまた、いたって常識的な感覚を持っているのです。
ある意味、彼は好きな事をするためのリスクを背負っているんです。
他人がトヤカク言わんでも、好きな事をするということは
其れ自体に責任を伴っている事なんです。
このあたりをどうか教育の現場でも教えていただきたいと思うのです。
これこそが自我(ego)を成熟させる教育だと私は思うのですが・・、
今の日本は自我が育たないまま、超自我だけが重くのしかかっているような気がしています。

そんなこんなで、私は仕方なく高知市内へ。
4時から発表なので、4時には息子も現れるだろうと、
10分前から正門で待っていましたが、来ない・・・。
続々と人が集まり、4時にボードが出されると歓声が・・。

「キャー」
「ヤッター」

などなど、遠目で私もどきどきしてしまいました。

(やだー、こんなにどきどきするものなのかい??)

そう、私は、現役のときにこの現場を経験した事が無く、
40歳にして初めての経験です。

(みんなこんな経験をしているんだね。。すごいよ。。感動しちゃう。。)

本当に子供には感動させられるよなー。
あっ、ちなみに私がなぜ経験していなっかて、
どうでもよくて発表を見に行かなかっただけです。
友達に(見てきてー)と言って其れっきり
(るんの番号もあったよー)と言われた(そう)とそれだけ・・・、
ホント、つまらない子供だったんです私。
それに比べてわが子供達は純粋にいろいろ経験してるよ・・・。

・・・息子来ず・・・、どんどん人が居なくなって5時・・・、まだこない・・。

(あいつ、なにやってるんだよー、
どうせ映画でも見てから来るつもりなんだろうけど、遅すぎだよ全く・・・)

そもそも、私が来る事は知らないんだから、
私がトヤカク文句を言うのもおかしな話なんですけどね・・・。
もう、ほとんど人もいなくなったので、
これ以上居る意味が無いと思い帰ることにしました。
受験番号も知らない私は、合否の確認も出来ず、(仕方ない・・・)と車へ。
車に乗ると、後部座席に9日に使ったカバンと制服が・・
(もしや、カバンの中に受験票があるかもしれん)とカバンを開けますと、
(あったー)(うー、どうして見つけちゃったんだろー、みるしかなくなるじゃん・・)ふーーー。

意を決して、パネルの前にGO!
(1059・・・・、1059??ある??えーと1,0,5,9・・・・あるううう)
(まちがってないよね・・)
車に戻って、受験票を再度確認。
(1059、1059だよね。受験番号・・1059・・)

もう一度パネルへ(1059・・・あるよね・・・受かってるううう!!)

早速主人へ電話(受かってた、1059だよね・・・間違ってないよね。。
いやチョッと待ってもう一回確認する)と受験票を持っていって、
(1059、1059、うんある、間違いない受かってる)

やったじゃないかわが息子!母は嬉しいぞ!
思い起こせば、彼の成長段階ではいろいろありました。
子育ての子の字も知らない私に育てられた彼は大変だったと思います。
3歳までの間違った育児を取り戻すために、
気がついてから8年くらいは掛かったでしょうか。
勉強どころか、ちゃんとした人にすることが先決で、
言い訳になりますが、勉強するどころではありませんでした。
ようやく会話で物事を解決できるようになったと思った頃には、もう中1後半。
中二の成績は5段階評価で2.3ばかり、これではまともな高校には行けない・・・と
親子会議を3回ほどしました。高校が人生に与える影響について、
また、高校を選ぶ理由について、親の経験を踏まえて、よく話ました。
勉強の仕方を知らない息子には、導いてくれる人が必要だと判断し、
息子の希望もあって入塾。その塾の先生がよかったんですね。
着実に成績が上がっていきました。中3の4月に高知へ。

高知は、東京みたいに過度な受験競争が無いこともあって、
希望校へ入ることが出来ました。
息子よ、よくがんばった。これは君の実力だよ。よくここまで自分を持ち直したね。
私は、受験票に写っている息子に向かって、ほめてやりました。
・・・で、息子まだ現れぬ・・。

5時半帰路へ。
いつもなら高速で変えるところ、今日は国道で帰ってみるか・・と
車を走らせてから10分ほど時間が経ち、
通りがかりのスーパーへ立ち寄った私の携帯がなりました。
なんてタイミングに良い?息子なんだろう・・。
発信元がコウチュウデンワだったので、息子と直ぐ分かりました。
電話に出ると、

「はやと!うかった!うかった!」

時刻は5時50分。

「知ってる。私も学校に行ったの。これから戻るから学校に居て」

そして、受験校へ。

車中(うかった!うかった!じゃないよおそすぎーー)
と嬉ながらも(まったく・・)とぼやく母一人。

息子に会うと、

「よかったー受かってて、落ちたかと思ってたーなんで受かったんだろー」

「テストの点が取れてたんじゃない?」

「でも、駄目だと思ってたー」

「で、何してたの?」

「えっ、映画見てた」

(やっぱりそうか、このやろう、全く私が来た意味無いじゃん、
君が来た頃には、誰もいなかっただろ?こやつ、本当に間がいいんじゃないのか?)

確かに息子は間がいい。むかしから間がいい。
大概、何も打ち合わせをしなくても、100パーセントといっていいほど、
ちょうど良い頃に現れる。
今回の受験も上手くいくとみんな家族は思っていたよ。
主人に聞いても「受かるんじゃない」
長女に聞いても「受かるんじゃない」
私の母に関しては、「夢ではやとが受かる夢みたの!だから大丈夫よ」
・・・と。
そう、私もそう思ってはいたよ。奴は運が良い、ちびの時から運がよかった。
くじ運もいい。お金もよく拾う。自分に必要な物は、
親が与えなくても何処からか必ず来るという、運の強さがある子であることは感づいてはいた。でも、あまりにも楽観的過ぎるぞみんな!

(そんなに上手くばかりはいかないこともあるんだ)

とあえて逆の意識を持つようにしていた私。。。でも受験校に来たときに、
(ここは息子の通う高校だ)と思ったよ。
君に合ってる。この高校に来る事になっていたんだね、そう思ったよ。
(これは受かるかもなー)って。

人生には、必ず上手くいく道が一本は通ってる。その道を見極める事が大事だ。
その為には、己を知る事。自分の望みを知り、自分の器を知る。
子育て中に親が最も気をつけなければいけないことだ。それが親自身の欲ではない事に。
もし、落ちていたら、後期も同じ高校を受験した方がいいと思っていた。
なぜなら、彼は、まだ途中だからだ。行きたい進路へ、その門が完全に閉じるまでトライする。
それで駄目なら、その時考える。

中学三年生の若者が、一つジャッジを受ける瞬間。
でもそれはすべてではない。この段階での評価であるだけなんだ。
この先も道は続く。みんなスタートラインが違うんだよね。
だから、今駄目だったとしても何も落ち込む事はない、直ぐに立ち直って、
また一歩前に進めばいいんだ。
一年後の自分が今より進んでいればいいんだよ。
受験会場でこんな事を思った私でした。

私は40歳、ある部分気持ちは0歳なんです。
年齢ってそういうものだと思うし、時計の針は自分で変える事が出来る。
そして、宇宙の時間は何億年も何十億年も続いているんだ。
自分がどの時間を生きるのか、選ぶ事ができるんだと私は思っています。

家族で友達の隼人の同級生も合格したとの知らせに本当によかったと、
家族みんなで喜びました。よかったねーというと、「玄輔すごいなー、くそー」と言う息子。
息子の中にある素直な気持ちがほほえましいと思いました。
「其れでいいんだよ」とおもったよ。

どんどんいろんなことを吸収していく子供達。
今朝なんて、小3の娘に「これ間違っているよ」と、
君を勢いで群と書いてしまった私に指摘をした娘。
(このちびも成長してるなー)と関心しました。
私もいっぱい勉強するぞー。子供育てているどころじゃないよ!!

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