四万十川の支流に黒尊川(くろそんがわ)と言う川があります。
その川沿いに黒尊神社があります。、そこに2日の日にいってきました。
私の住む中土佐町から、国道56号線で中村と言う町にでて、
そこから、上に上がる方向で、国道441号を進みます。
左手に屋内大橋と言う、赤い橋が出てきますので、
それを渡ると、黒尊に入ることが出来ます。
この地点以前は、四万十川沿いを走るのですが、こ
れ以後は、黒尊川沿いを走る事になります。
「中村」とは、高知の西側、中村平野にある町です。
一条教房が応仁の乱を避けてきた場所。
もとから一条家の領土があったようだけれども、
京都から、この辺境の地にきた教房と言う人物の
人間的厚みは、当時でも特別な物がであったのではないかと
想像します。
応仁の乱を逃れて、奈良にある興福寺の層である
弟の尋尊を頼って、一度は奈良に入るが、
父である兼良が避難してきたので、奈良は父に譲り、
自分達は幡多に避難する事を決意した経緯がある。
権力闘争を賢明にも避け、更には、
父に避難場所を譲って、辺境の地に赴いた。
当時の幡多は安定していた土地ではなく、
それなりに争いもあった場所。
京都から流れてきた教房を受け入れない事も出来ただろうが、
教房の人柄もあるのだろうか、幡多の権力者とも
協力関係を気付く事が出来き、
国人にも受け入れられたようです。
父、兼良が帰洛した際も、邸宅の木材を土佐から送ったりと、
教房と言う人物はとても人の心のある人だったようです。
中村には、中村城と言うお城が建っていました。
京都の一条氏が作り上げた町であるため、
その名残が今でも生きていて、
「小京都」と呼ばれています。
昭和21年の南海地震の被害によって、
家屋や当時の町並みは跡形もないですが、
町の区分けなどから、城下町の名残を感じます。
至るところに「小京都通り」と書かれた石柱を見ます。
また、8月15日には、大文字焼きもあるんです。
そんな町、中村の中村城跡地には、今は、四万十市郷土資料館が建っています。
縄文時代から、江戸時代までの中村、四万十の
歴史資料を見る事ができて、興味深い資料館でした。
資料館の一番上まで上ると、中村の町が一望できます。
当時の領主は、ここから、一国を見渡し何を思ったのか・・
その視線の先に昔の景色があるようにな
イマジネーションをかきたてられる資料館でした。
その後、目指す黒尊神社へGO!
四万十川を国道441号沿いに北上。
道中、お化けのような木が!!
一旦通り過ぎるも、思わず引き返し、まじまじと見てしまいました。
残念ながら、カメラも携帯も持っていなかったので、
写真が取れませんでした。
本当にいい感じの木で、木の脇には山に入る獣道があり、
その入り口に、まるで門番のように立っているその木。
隣接された廃墟の中で佇むその老木から、
人と木が生きた時間が、そのまま今も続いているようで、
もの寂しくもあり、自然の力強さやエネルギーを感じる風景でした。
更に進むと、今度は、(どんな人が店主なのか・・)
ふるい小屋にペットボトルやら何やらで作られた
「風車屋」が国道沿いにありました。
凄くかカラフルな沢山の風車!この店以外には何にもない、
全く何にもない場所に、どんな暇人なのかい??
人が全く来そうも場所に、こんなステキなお店があるなんて。
此処のお店は、風車と言う媒体を使って「時間」を売っているんじゃないかな・・・と、私は思うのです。
更に441号を進んで、屋内大橋へ。
赤い橋なので、直ぐに分かります。
屋内大橋から見える「口屋内沈下橋」・・
6月の大雨で壊れていました・・
(沈下橋が壊れるなんて・・ぎょぎょ!)
屋内大橋を渡って直ぐに、黒尊村の案内板がありまして、
ざっくりそれを見た後、黒尊川沿いに
黒尊神社をめがけて進んだわけですが、
なかなか神社がない・・・、
加えて、ますます山深くなり、
人が住んでいる気配もなくなり、
不安・・・。
(道を間違えているのかもしれない・・)と
一度は引き返すも、途中出くわした軽トラに声をかけ
「黒尊神社はこの辺にありますか?」と聞いてみました。
「この先まっすぐ行ったらある」
「どのくらい時間が掛かりますか」
「30分くらい」
と、軽トラを運転しているおばあちゃんが、教えてくれました。
軽トラの助手席には、お正月でお酒をよばれたのでしょうか、
酒の匂いがぷーんとするおじいさんが酔っ払って座っておりました。
(高知は酒飲みが多くて、女の人が運転をして、旦那を運ぶ光景を良く見ます)
(まちがってなかったのか・・よかった・・)
と気を取り戻して、黒尊神社へGO!
なんで、こんなに黒尊神社へ行きたいかって、
この神社、ただの神社ではない、熊野神社の直系で、
格式の高い神社だとか・・。
神社には樹齢500年の神木があり、ご神体は大蛇だそうです。
黒尊神社は大変歴史のある神社であることは、
その姿から見て取れるほど、ホント!別格な特別な空気が漂う神社です。
私が黒尊神社についたのは、既に夜の7時を回っていて、
周りは真っ暗・・・愛媛との県境に近い渓谷。
道は舗装されていて、走りやすいも、
ホントに人気がなく、
(この先に人が住んでいるのかしら・・)
と不安に思いながら、でも、黒尊神社を見ずして帰れぬ!
との思いで、山道を進みます。
すると、突如村が出てくる。
(こんなところに村が・・・)
こんな事を3回くらいくりかえしたでしょうか。
(もうこれ以上進んでも何もないかも・・・)
の繰り返しの末、暗闇の中、
(なんでこんな物があるの!!・・・不気味)
インディアンのトーテムポールのような、
意味ありげな、いや、全く意味無さげな、木造のオブジェが、
これまた門番のようにいくつも立っています。
(邪心のあるひとは入れないんじゃないか・・)
と暗闇も手伝って、こんな怖さがありました。
(この先に黒尊神社があるんだ・・イクゾ・・)
気が付くと私は、(通りますよ・・)と独り言。
そして、ありました!!!
(あった♪会った♪やっと会えた黒尊神社♪)
私、良くがんばった!
夜の7時半、こんな山深い渓谷に一人でよく来たよ・・うんうん。
大満足で祈願。
この神社は、願いが叶う事で有名なんですよ。
息子の受験合格と、一家が笑って暮らしていけますようにと願いました。
本当は、この先にある神殿橋まで行きたかったのですが、
時間も時間でしたし、今日はこれでよしとして、帰路へ。
山頂付近の村は、とても空が広く、
月明かりがまぶしくて、星があまり見えませんでしたが、
空にはオリオン座と金星、三日月が、影絵のような山並み、
そして、風呂を沸かしているのでしょうか、
蒔きの匂いがして、思いっきり深呼吸。
こんな山深くに住んでいる人がいる!
この事実が、私に沢山の事を教えてくれました。
初めて、この地に来た先人はどんな境地から此処を住みかとしたのでしょうか。
此処まで来るには、相応に事情があっただろうと容易に推測出来る地形です。
苦労の末に作り上げた村に、今は何人の人が住んでいるのか・・・廃墟も沢山ありました。
今、私が、これだけの生活をしていけるのは、これら先人のお蔭です。
私が、車を30分走らせれば来れる黒尊と言う村・・。
昔の人は過酷を極めて、この道を切り開いたことでしょう。
本当に感謝の気持ちが湧いてきます。
そして、今尚、此処で生活をしている人たちがいます。
私達現代人は、なにやら、今生で今を食いつぶしてしまう
つもりのようですが、とんでもない罰当たりですよね。
未来のために今を生きるゆとりを持たなければいけません。
私たちはただ、命をつないでいるだけなんです。
命をつなぐために生まれてきた。
願わくば、その命がずっと続いて欲しい、
その為に今、どのように暮らすことがベストなのかを一度くらいは、
考えてもいいんじゃないでしょうか。
食いつぶしは駄目です。美味しい思いをしたら、恩返しをしなくては。
私は、これからの人生は、恩返しのために生きたいと思っています。
恩返しって言ってもそんな重苦しい事ではなくて、
未来を生きる人のために少しでも役立つ事をしていきたいというだけの事です。
その先に日々の充足がある生活を望んでいます。
山を下っている途中、鹿の親子に会いました。
山から出てきたんですね。
私の車の光をみて、直ぐに山に戻っていきました。
鹿のお母さんと子供・・。
今、この辺は猟の解禁期間です。
高知の山林では鹿が増えて困っているとか。
杉の木の皮が好物だそうで、杉が育たず困っているとか・・。
元を正せば、商業目的で杉を植えすぎた事に起因しているのに、
「鹿が悪さをする・・」と人は言う。
人間って、なんて身勝手なんだろう。
鹿だって、一生懸命生きてるんじゃないか。
鹿の親子可愛かったなー。
母鹿の後に引っ付いている小鹿・・・、
愛あるなー・・・。
人間が哺乳類の中で、もっとも高等な生き物だなんて、
思っている人って馬鹿だと思う。
みんな違う生き物なんだよ。
人間なんて、服も着なきゃいけないし、
靴だって、布団だってなきゃ、冬を越せないジャン。
でも鹿の親子は、身のままでこの寒い冬を越しているんだよ。
なんて優れた生き物なんだろう。
人間ってかっこわるい。
人間が他の動物に叶う所は知恵だけ。
その知恵すら、劣っている今をもっと謙虚に認めないと。
今度は、昼間に来たいと思います。
そのときは、カメラも持っていこう!
今度は、窪川から、四万十市と梼原市の県境辺りを通っている
国道381号を通って、山のルートでいこうかな。
途中、温泉によったりしていこう。
本当に高知は面白いですよ。
四万十川の雄大さは、山すそと川が直結している、
一体化しているところかな。
そして、高知人の懐の深さは、
歴史からみても頷けるものがありますね。
ますます、高知が好きになってきた。
黒尊村
5 件のコメント:
今日黒尊神社に偶然出会い、いいようもない感動を覚えnetで検索した所此方のブログを拝見させて頂きました。とても慈愛にみちた文章に心打たれました。とても素晴らしい記事をありがとうございます♪
コメントありがとうございます。
こくそん・・ではなくて、くろそん・・なんですね、ははっ(笑)こくそんだと思い込んでいました。
私もまた、明るい時間帯に行ってみようと思っています。
それと、私の息子も隼人って言うんです。漢字も同じ。
それは奇遇ですね。私の名は薩摩隼人からきております。神殿橋までの道中もとても楽しかったので、またこちらのブログで拝見できると嬉しいです。
息子も薩摩隼人から来ています。
この名をつけるに当たっても、時空を超えた縁というか、運命を感じるような、ヘッドを越えたところで授かった名前です。
近頃、聖域に行く必要(私にとっての必要とは、食べ物を食べる。。と同じ事)を感じているので、また機会を見つけていこうと思います。
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