2011年6月25日土曜日

夏休み疎開を希望する方は来て下さい。~私の疎開話②~

1時30分ごろ、徳島港に着いた。
あっという間の船旅、なかなか面白かったゾ!

我が家では、先ず、カップラーメンを食べる事はない。
毎年キャンプに行くが、キャンプ先でも絶対に食べない。一日のうち、限られた回数だけの食事は、体が喜ぶ物を出来れ食べたいと思うので、少々面倒だと思うことがあっても、簡単な料理は必ずして食べる。
その為、長男以外は、カップラーメンを食べた事がなかった。

そんなわが子も、いよいよあのカップラーメンを食べる事になった。BS以外はテレビを見ていなかったので、カップラーメンのCMを見た事もなく(ともだちの家で見ていたかもしれないが・・)興味もあまりなかったのかもしれないが、この時は、とってもウキウキしていたようだ。

「どのカップラーメンにしようかなー」

シーフードヌードル、カレーヌードル、ショウユアジのカップヌードル、どんべい、と、こんなもんだったかな??

結局、シーフードヌードルを食べていた。フェリーの中は、美味しそうな食べ物は全くと言っていいほどない。全部冷凍食品だ。なので、フェリーに乗るときは、事前に食料を確保して置くことをお勧めする。
フェリー旅は、いいものだ。空を飛んでいくよりも、海を渡って行くほうが旅をしている感が高いように思う。

徳島港に着き、車で船外へ。船から下りて、徳島の地に着いた時は本当にワクワクしたなー。カーナビがあったので、何の心配もなかった。カーナビよ、ありがとう。始めの徳島もカーナビがあれば何の心配もない。
行き先は高知市内の友人の家。ナビに住所を入力してGO!いつも自分が使っている車に乗っての移動なので、なんだか、徳島だろうが、東京だろうが、全然変わらない感じ、いつもの生活のまま、何もかわらない・・・。

でも友人の家についてから次第に、今は、非常事態であることを思い出してきた(--;)・・・そう、私は、何をしたって、どうなったって、結局のところ、今でしかない!とんでもないことが起きても「今」、とどのつまり、普通に生きているだけ。だから、(今の社会情勢にどっぷりと浸かっていなくったっていいじゃん!)(この時を私流に生きるだけ!)と思っていた。しかし、他人と接する事で、社会の一員となり、社会に足を踏み入れているんだ。

どう説明していいのか分からないが・・、言葉で伝えるのは難しい・・。

夜、自分がトテモ疲れている事になんとなく気が付いた。夜も遅かったので、ご飯を食べてから寝る。

友人宅に着いたのは10時00を回っていたのかも・・・そんなに遅い時間に食事の用意を80歳のおばあさんにしてもらって、本当に申し訳ない気持ちになった。

布団に入ってからも寝れない・・。ずっとラジオに耳を傾ける。原発はどうなっているんだ?東京は大丈夫だろうか?東京には兄家族と母がいる。本当に気が休まらなかった。ただ、横で寝ている子供達を見ると安心した。子供は大丈夫。眠れている。

次の日の朝、私は、中土佐町に住む知人の家に電話をする。

「今日、そっちに行きたい・・・」

いつ高知に来たか、昨夜は何処でお世話になったのかをざっくり話した後、

「ここでゆっくり休む事が出来ないからそっちに行きたい」

知人は直ぐに受け入れてくれた。

高知市内の友人は「何かあったら、いつでも電話してね」
と言って、送り出してくれた。本当にお世話になった。この人が居てくれたから、私は高知に来る事が出来た。ありがとうございました。


5時ごろ、高知市内を出て、中土佐へ。

高速で悠々と中土佐まで向かっていた。
40分ほどで目的地に着くというところで、突然オイルランプが点灯・・・、なにこれ?どうしたらいいの?
直ぐに昨夜お世話になっていた友人へ電話をして、アドバイスを受ける事に、

「次のインターで下に下りて、ガソリンスタンドに入りなさい」

アドバイス通り、次のインター(須崎インター)で下に下りて、ガソリンスタンドを探すも、見つからない。
いよいよ焦げ臭い匂いが当たり一面に広がり、煙まで出てきた。これ以上走るのはやばい・・・。
そう思って、私は、半分閉まって、半分は開いているようなスーパーの駐車上へ車を何とか止めた。
そこで、店から出てきた男の人に声をかけて、状況を説明すると、

「チョッと待っていて」

と、近くに知り合いの整備工があるらしく、戸を叩いてくれた。

「もう閉まってるからいないかなー?」

と言いながら何度が戸を叩くと、中からお兄ちゃんが出てきた。事情を話すと、快く見てくれた。

「オイルがないね・・、修理すると預からないといけないから、取り合えずオイルを足しておきますから、いけるところまで言ってみるしかないですよ」・・・。

(仕方ない、お兄ちゃんの言うとおり、いけるところまでいくしかない)

心でそう思い、先ずは、お兄ちゃんにお礼をいって、「おいくらですか?」とたずねた。すると、「いいですよ、避難されているということですから」・・・・。再度お礼を言って車に乗り込んだ。子供達は、「いい人だね!」と明るい・・。こんな状況にも関わらず、彼らは、それを楽しんでいた・・・、母は助かるぞ君達!

元気に走り出したはいいが、恐怖のオイルランプが、ものの5分足らずで点灯・・(もう駄目だ・・)

道の脇に止めて、これからお世話になる知人へ電話。

「車が壊れた・・」

それから、私たちは、まだ寒い高知の夜の暗い道沿いで、家族4人、友人の車が来るのを待った。この次期は、雪も降るらしく、私たちは、高速に乗っている間、雪、雨、強風と、すべてに出くわした。初めての高知で、まさか雪に遭遇するとは思いもしなかった。

3人の子供達は、HIGH状態・・・、本当に親孝行な子供達・・なのか?ただの能天気?なのか??・・・まっ!よかろ!

30分ほど待っただろうか、車がこっちに向かって来る!!ほほっほおおお!助け人!!!!車は、私たちの車の後方に着き、車から今日!初めて会う主人の友達が出てきた(女性)私たちは、思わず抱き合った。

「良く来たねーー」(彼女)

「こんな初対面ですみませんーー」(私)

車に積んでた荷物全部を彼女の車へ移し、もう動かなくなった愛車を乗り捨て(あとで、整備工のおじさんが処分をしてくれる事になる)私たちは、車に乗った。

(助かった~)


.....つづく・・・・。


車が壊れたときは、本当にまずかった。でも絶対に大丈夫と信じて疑わなかった。始めに入った整備工のお兄ちゃんに「良くこれで、ここまでこれましたね・・・」と言われました。がんばってくれた車に感謝。私たち支えてくれたすべてに感謝しました。そして、必ず収まるところまで導かれる!すべてに心を開いて、素直に受け入れていこう!このやり方でいけば、必ず、家族が幸せで居られると、心底思っていました。その時、その時に、心の声が聞こえて、心の声に従って行動しました。


子供が気がかりで夏休みに疎開をしたい方、ご相談下さい。いい方法が見つかります。

2011年6月22日水曜日

疎開を希望される方はこちらまでご連絡下さい。~私の疎開話~

3.11東日本大震災が起こった。
私は、東京都小金井市の自宅庭で、主人の髪の毛を切っていた。
中々時間が取れず、随分と主人を待たせていたが、ようやく切る事ができた日、
昼間から、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。

3時ごろだったか、僅かな揺れを感じた直後、
ひどい揺れが遅い、私も主人も庭のウッドデッキの柱を手で押さえた。

我が家は、幸い、隣が大きな都立公園だったので、始めから地震の心配は全くしていなかった。
庭から直ぐに外に出れるので、地震で命を落とす事はなだろう・・・とは思っていたが、
見ると、公園側の空き地に、お隣に住む中年の男性と、反対側の隣の隣の家に住む高齢女性が家から出てきていた。しばらく家には入る気にならなかった事を思い出す。

3.15に出張を予定していた主人。
こんな事態でどうしたものか、店の商品の仕入れだったので、行かないわけには行かない。
しかし、この後どうなってしまうのか?非常に不安な中、主人もいっぱいいっぱいになったのか、
先を案じて、「今すぐ西へ避難しよう」と言ってきた。
私は、よく話を聞いたものの、一度避難するという事は、二度と帰れないかもしれないという事・・・と思い、「今すぐには、いろんな意味で動く事は出来ない」と言った。この時点では、主人と私の足並みが整わず、喧嘩にもなった。

当時の東京は、とに角普通、普段と何も変わらない。穏やかな小春日和で、外に出ると、今、福島で起こっている事がまるでウソのような、非常に危機感を抱いている私がおかしいかのようにも感じられる、そんな感じだった。

家に入れば、ラジオにテレビ、ツイッターと三本立てで、常に情報収集に当たっていた。刻々と移り変わる第一原発から目が離せない、非常に不安だった。子供に放射能と浴びさせたくなかった。

数日の間、とに角、主人と何度も話し、結局、この先の事を考えて、
私がちゃんと子供を守るから安心して欲しい旨、絶対に危ないと思ったら必ず、子供をつれて非難する事を約束し、主人はミャンマーへ旅立った。いつものように吉祥寺からリムジンが出ず、危機一髪、新宿発のリムジンに乗る事が出来たことは、本当に幸いだった。

私は、主人を送り出した後、覚悟を決めて、私に大事な子供を委ねた主人の気持ちに反する事がないよう、
必ず、子供を守る事を一番に考え行動する事を心に誓った。

当日だったか、風向きが東南だったので、放射線物質が東京にも流れてくると思い、子供達に学校を休ませた。
2日休ませたのかな?三日目の朝、「今日は東京を出よう」と決心した。
この日は朝から、私は完全に風邪の兆候があり、「今動かなければ、動けなくなる」と、
動くなら今!の決心・・と言うか、もう神からの御告げのようなものだ。
いつ、この時が来てもいいように、準備は整えてあった。

行き先は、出張前に主人がアポを取っておいてくれたので、そこへ先ず確認の電話を入れる。
「散々考えた結果の結論なので、私は東京を出ます」
と、主人の友人に言うと、「そう思うなら、そうした方がいい、来なさい」と言ってくれました。
私は、もし、受け入れてもらえなかったとしても、私は必ず東京を出る!と心に誓っていたので、
後は、いい流れのほうへ、ただ、ただ、流れを受け入れて行こう!と、心に誓うというか、もう、この先は、神様の声に従おう・・と、ただ、それだけなんです。

この日は、いろいろな準備があったので、子供を傍において置く事の方が不安にさせると思い、子供達を学校に行かせることにした。
登校前に、「今日は東京を出るかもしれないから、友達と遊ぶ約束はしてこないでね」と告知。子供は「エーー」と、半分心配、半分は、ドラマチックな思いを持ったように感じた。

子供が学校に行っている間に、フェリーの手配をし、仕事道具と、当面の生活必需品をそろえた。
のり、梅干、玄米、出し、煮干、ドライフルーツにおにぎり、取り合えず、食べる物はある。
ワゴンアールにそれらの荷物を乗せて、準備OK。
子供が帰ってくるなり「東京出るの?」「今日出るよ」「えーーー、ホントウニデルンダ・・・」
いざとなると、少し不安そう。

でも、予定通り、家を出て、高速へ向かう。
たまたま、震災の前日にガソリンを満タンにしていた。これで、四国まではいける。ガソリンが不足していたので、都内どこのスタンドも営業していなかった。友人に高速に乗ればガソリンがあることは確認をしておいたので、その点の心配はなかった。
道中、信号は止まっている。おまわりさんの手信号・・・、こんな東京は始めてみた。非常事態だった。

一年前に脱ペーパーをしたばかりの私、中央高速には乗った事は何度もあるが、首都高は初めて、お台場まで首都高に乗らなければならない。首都高は怖くて、普段なら絶対に乗らない高速だったが、でも今は乗るしかない・・・、乗ってみると、やはり非常事態、車少な!意外と大丈夫だった、でも必死だった、でも冷静だった・・・。あっという間にお台場へ、気持ちよかったー。

初めての有明港、貨物の大型トラックがぞろぞろ、迷子のように、周辺をうろうろするワゴンアール一台。
大型トラックのおじさんに、フェリー乗り場を聞くと、「ついて来な」と車で先導してくれた、ありがたい。
こんな時に子供に辛い思いはさせられない!とに角楽しく旅行気分でいさせて上げたかったので、一等個室のチケットを買い、フェリー乗り場で、乗船時間を待った。
夜7時30分頃、乗船。子供達は、初めてのフェリーに満足そう・・良かった。
一等の個室に入り、出港を待つ。
時間になり、出港!船が動き出した瞬間、「東京を脱出できたーーー」数日間続いていた、胸を締め付けられるような苦しみ、から解放された気がした。新しいステージへ。


私は、東京を出る当日は、本当に体調が悪く、みるみる声が出なくなっていた。以前にも風邪を引いたとき、声が出なくなった事があったが、その時以上に声が出ない。今思うと、間違いない、放射能の影響。私は、敏感な方だと思う。予断だが、以前、美容師をしていたときに風邪を引き、
予約のお客さんもいるので絶対に休めない日があった。しかし、体は非常に辛く、風邪薬は飲まない主義の私でも、さすがに飲まないわけにはいかない状況。
同僚に薬をもらい(たしかパブロンだったか・・)飲んだ。ものの5秒で薬が効く!信じられないかもしれないが、自分でも驚く程、みるみる体調が改善かれたので、目の前にいる同僚に、「もう良くなった!5秒で効くね!」と言うと、
「ウソーー」と結局信じてもらえなかった事を思い出す。

有明港出港!翌日の午後1時30分徳島へ付く予定。

(・・・続く・・・)


この続きを後日書きます。
一長一短には行かないドラマ、いろんな気持ちが沢山!沢山の葛藤・・、でも一番大切なものを守る事だけで走り出した。走りだ足たら、どんどん扉が開いていった。扉を開ける鍵は、本当の自分の気持ちだった。

疎開を希望する人連絡下さい。一緒に考えましょう。

2011年6月21日火曜日

疎開を希望される方はこちらまでご連絡下さい。

疎開案内窓口として、ブログを更新しています。

福島、関東の子供をお持ちのご家庭で、現状、過酷な生活状況に居られる方へ、ここ、高知県高岡郡中土佐町へ、一時疎開先としてお越し下さい。

高知県では、580戸の公営住宅中18戸のみ入居されている状況で、これについては、被災証明書、罹災証明者が発行されている人に限ります。
現在、この既成枠への柔軟な対応を求めていますので、緩和されるかもしれません。
また、高知県内のNPOでは家電を30個確保しているそうですので、必要家電についても、周辺地域の方々からの支援を含めて対応いたします。

既に四万十市に、知人の案内で埼玉からお越しの母子がいらっしゃいます。
また、徳島にいる知人も疎開窓口を立ち上げており、こちらでも10組を受け入れる予定だそうです。

お隣の大野見では、空き家3件と廃校になっている学校の利用を積極的に考えてくださっています。
笹場においても、現在使われている小学校を利用する事が出来ないか、役場へ問い合わせをします。

矢井賀に民宿にする予定だった建物があり、こちらも安価で借りられる予定です。

県をあげて、様々な取り組みが行われていますが、移動先での人と人との繋がりはとても大切です。
ましたや、子供がいるとなると、安心して遊ばせられる環境は必須です。

大野見、笹場では、とに角子供大歓迎です!
私もこちらに移住は決めるに当たり、地域の子供歓迎ムードが大変ありがたかったです。東京では、どちらかと言うと、子供は邪魔者扱いされる事が多かったですから。
加えて、地域住民がみな顔見知りで、子供を取り巻く環境は大変安心できます。
山あり、海ありで、とても豊かな地域です。

何度も言っていますが、人がとてもイイですので、安らぎもあります。

高知の夏は暑いとの事で、私もまだ経験した事のない夏ですが、楽しく過ごせそうです。

室戸市が100名受け入れを発表しました。
こちらも被災証明・罹災証明をお持ちの方が対象です。受け入れは9月からになるようですが、市から一時受け入れ金も出して下さるとのことです。

30キロ県内に住んでいる方は原発被災証明が発行され、また、罹災証明書が発行される方については、次々と、行政が受け入れ窓口を開設しているようですが、私のように、政治的に全くその対象外とされている地域に住んでいる住民は、個人で動くしかありません。
このような方々のお役に立てれば幸いです。
個人の繋がりは、本当に心強いですよ。行政に依存している間にも、線量は一定量存在し続けています。

社会的にも、地域的にも多様な動きがある日本国内では、地域によって、こんなに状況が違う物かと痛切に思います。

また、役場へ行ってからブログを更新します。

2011年6月19日日曜日

疎開を希望される方はこちらまでご連絡下さい。

stonehigh@earh.ocn.ne.jp

↑このアドレスにご連絡下さい。

このブログは、インターネットショップ「STONE HIGH」の岩城留美子のブログです。

とってもピースなショップです。3.11から6日後の3.17日にフェリーで東京から徳島へ、その後高知の知人宅へ子供3人を連れて避難してきました。

一度も面識のない主人の友人宅へ2週間ほどお世話になり、その後中土佐町の町営住宅へ入居し、今は、子供3人とも元気に学校へ通っています。近所に友人もいるので楽しいですよー。

海は直ぐ傍!貝も取れます。ビールと貝が上手いんだ!山の幸と海の幸と食べ物が上手い!それだけじゃなくて、人がとてもいいです。地元のおじいさんおばあさんはとても親切で、かわいい。
おばあちゃん達が本当にかわいい村で、そんな人たちに会うだけでとても嬉しい気持ちになる。

そんな事です。

メール(stonehigh@earh.ocn.ne.jp)
分からない事があったら、聞いてください。

2011年6月18日土曜日

夏休みの間だけでも疎開したい人は来て下さい。

高知に来て、いろいろ動いています。

取り合えず、念願の一軒家へ移ることが出来ます!ヤッター!!

一等希望していたところです。サイコー!
細かな話、沢山あります。とてもピースな人と繋がった事で、とてもイイ環境に住む事が出来るようになる。この世には、時空を超えた繋がりと縁がある事を、再度確信する出来事です。この話は、また、時間があるときにします。

で、今、直ぐに!一番にしたい事が、中土佐への一時疎開者の受け入れです。東北、関東に住んでいる子供のいる家族で、せめて子供が夏休みの間だけでも疎開したいと思われている方がいらっしゃいましたら、ご連絡下さい。
母子の集団疎開でも、家族の疎開でもいいです。とに角、相談してください。何とかなるように力を尽くします。

毎日の生活に疲れていたら、今いる場所を離れる事は有効です。力み過ぎないで、友達家族を誘ったり、保育園、幼稚園、小学校のママとも仲間とでもいいです。相談に乗れるかもしれない、力になれるかもしれないので、連絡下さい。

不安な中、生活をしている子供、親が、心から笑顔になれる機会が得られる事を願っています。

こちらでは、個人つながりで、疎開ネットワークがあります。明日は、東京から、母子の移住者が高知の四万十市にきます。知人の仲介で来るので、私はまだ会っていませんが、近々、会えると思いますので、その話もしますね。

今日は、高知のオーガニックマーケットに行ってきました。
ここでも、反原発のデモや疎開受け入れの活動をしている仲間に会って、話が出来た。

原発から、持続可能エネルギー利用への転換を魂から願い、活動している男性がいて、彼も言っていた。

「本当は、ただ、自然の中で暮らしたいだけなんだけどね・・・・」

その言葉の奥にある苦しみが凄く伝わってきて、私も苦しくなりました。

「私も同じだよ」

って言ったけど、彼は、私よりも更に深い悲しみを持っていると思いました。福島の二葉町から来た人です。本当は、こんな事したくはない、でもするしかない、なぜ??自分のために、家族のために、人類のために、未来のために、もっといい世界を作る事を今からまじめにやる!ビジョンはある。

危険だと思われるところに住んでいる子供を安全なところへ移ってもらう事!その子供達が、将来、幸せな家庭を築き、子供に恵まれ、笑顔で過ごせるようにするためにやる。原因の分からない病気で苦しまないために。だから、疎開してきて欲しいです。

私の夢は、縁側で子供達が遊んでいる風景を眺めながら死ぬ事です。だから、私はこの人生の半分をかけて、疎開と過疎復興に取り組む!私の人生の大きな目的だと思う。

疎開したいと思っている人、多少の不安があっても解決できるかもしれないので、連絡下さい。一緒に考えましょう。

2011年6月14日火曜日

因果応報

因果応報の言葉で表される宇宙の真理。
自分の行いは、必ず、自分に帰ってくる。

それは、百円を拾ったから、百円を落とす・・とか、
百円を落としたから、百円を拾った!!・・・とか、
そういう事ではないから、難しい。
人の気持ちによって、戻ってくる現象が変わるから、
分かり辛い。

この世の姿は、心、気持ち、思い、願い、なのではないだろうか。
形、姿は光で、感覚が物質だ。
体内物質すべてから発する光を、物体として捉えている。
山も木も、草も、海も、すべて、この世は光。

天国はここ。
地球は光。

地球の美しさは、地球船に乗っているすべての生き物の光。

因果応報。

私は、私であり、地球であり、銀河であり、宇宙である。

2011年6月11日土曜日

神様ありがとう!

神様ありがとう。

いつも一緒にいてくれてありがとう。

目には見えなくて、

形がなくても、あなたが居てくれていることは知っている。


いつも何も言わない、何もしない。

でも、しっかりと大きな心で導いてくれる。

そして、あなたと同調すると、その大きなムーヴで押し上げてくれる。

本当にありがとう。


私は、どんなときも、あなたの存在を忘れない。

この大きな宇宙の中で、私以上でも以下でもない。

ただ、そこにあって、しかし、その手のひらは、宇宙の果てを超える事ができるんだ。

この人生を実りの時間として過ごす事が出来ますように。

これからもよろしくお願いします。

2011年6月6日月曜日

蛍がきれいだ~

私の住んでいる笹場に蛍の季節が来た。

道を隔てた海沿いの田園地帯。

太平洋に面し、周りを山に囲まれた山間の村。

川と田んぼの水路に蛍が光る。

蛍の生息する地域だ。


夕食後、近所の友達に誘われて、
蛍を見に家族で散歩。

「みんなにも見せてあげたい・・」

帰り道、

湿った土の匂い、

蛙の鳴き声、

蒔きの匂い・・・。

「田舎はイイナー・・」

やっぱり言ってしまう一言。


隣村の大野見は、もっともっと蛍がいるらしい。

来週あたりが見ごろとか・・・。

ワホワッホ!

見に行きたい~。

変な気がする

政局闘争劇?

菅首相が予定通り?降ろされそうだが、大連立の動き?

大連立の下で、どのような政策が行われ、改革が進められるのか?全く政策論が無いまま、菅降ろしに一喜一憂している報道に不安を感じる。

社会保障と税の一体化の下、非正規雇用者の社会保険加入緩和策である、週20時間以上労働者への加入権。この改革によって、誰が救われ、誰が苦しむのか。

現状、非正規雇用者は、国民健康保険となるが、改正後は、これについての支払い負担軽減策と、雇用主に支払い義務が発生する事になる。しかし、現状、国民健康保険の支払いについては、分割納付が認められているので、全額支払い能力が無くても健康保険の被保険者の権利を失権する事はない。また、国民年金についても、既にこの制度その物の改革の必要性が言われており、この負担については今更論であると思う。この事を踏まえると、今回の改正案が通る事によって、分割納付、もしくは、支払い能力が無く、相応の手続きをしている非正規雇用者の保険料を、国は、企業から、強制的、自動的に得る事が出来る仕組みとなる。この一点において、負担が増える企業に対し、利益が出るのは国と言う図式が見えてくる。さて、国民(非正規雇用者)はと言うと、会社を通して、ある一定額の健康保険料を強制的に払う事になる。この改正からは、非正規雇用者の生存権の本質は、全く改善される事は無く、むしろ、問題の本質からの回避であると思えてならない。非正規雇用者の本質的問題は、正規雇用者とならない事であるはずだ。非正規雇用者のまま、正規雇用者と同じ待遇となる??そんな通りが何処にあるのだろうか。

もう一点、サラリーマン家庭の主婦によるささやかなパート賃金からも保険料を払わなければならないケースが生まれる。

一日5時間のパートで週25時間働くとしよう。自給800円であれば、週2万円で月額で約8万円ほどの収入。主婦は、扶養枠内で、何とか家計の足しになるようにがんばっている。其処からも新たに保険料を持っていこうというのかい?

日本のサラリーマンが、日夜、働きアリのように働き、一生の時間と引き換えにマイホームを買う。高すぎるローンを払い続け、その上、僅かな安心のために子育て中の主婦の稼ぎからまで搾取するのか??

ただでさえ、国民健康保険料が高すぎるのに、それを改善せずしてのこの改革はおかしい。一見、非正規雇用者への救済策に見えるが、根本を棚上げした政策だと思う。

今、菅降ろしに国民の目が向いているが、その間に、どんな政策を通そうとしているのか?もっとそちらの報道がなされるべきだ。

被災地救済への財源確保といっているが、何処につぎ込む財源の確保なのか?

現在、被災地では、工場が全開して事業が継続できない企業がある。その企業に対して、二重ローンが云々かんぬんと、うだうだうしているが、そんな銀行を介するような面倒な事をしないで、ダイレクトにその企業に国が直接、再建予算をつぎ込むべきだと思う。時間が経てば経つほど、維持費がかさむ、さすれば自動的に社員に対する生活保護等のお金がかさむのだから、とに角、一刻も早く、工場再建の予算を直、投じるべきだろう。生産の軌道を作る事、これは、大企業から零細企業まで、等しく行われるべきだ。

今の政府は、なんだかんだ言って、従来の仕組みを守ろうとしている。それでは駄目だ。もっと地に沿った流れ、人間対人間の繋がりをバックアップする位置に国は降りるべき。上から動かすのは今や有効ではない。下から押し上げる力となる事が、最も効率的で、生産的なのだから、早く政府、官僚、長い間、高い地位にいた人たちが、地べたに下りてきて欲しい。

精神は高い位置に、肉体は低い位置にいて欲しい人たちが、今、その逆だから、国民は非常に困っている。

今回の件で、私達は、高知の過疎地に移り住んできたが、被災地もしくは、関東地区の子供のいる家庭で、住居をより安全なところに移したいと思っている人たちに対しての新天地として、ここ高知県中土佐町に移す手助けが出来ないかと思っている。その為に必要な事、課題を超えて行く事を何とかしたい。数人の仲間と日々、考えている。

中土佐町は、本当に豊かないい所です。過疎となっている事がもったいない。今の住処に不安を持っている人に明るいニュースとして、「こんないいところがあるよ」「ここで未来を築こうよ」と自信を持って、言える様にがんばろう!
思いを心に留めて、日々、知識を蓄えていれば、必ず、時が来れば、その思いは蘇り、現実の物となる。

今を未来のために!

2011年6月4日土曜日

今の世の中

今日の日本は、善の力に乏しく、悪が蔓延っている。
なぜ、悪が蔓延るのか?悪が善を装っているからだ。
では、なぜ、悪が善を装えるのか?
欲に支配されているからだ。

この度の内閣不信任決議案の賛否を分けたものはなんだったのか。
後先を考える日本人の理性と善意、この矛先が大我であったか、小我であったか、この違いであったのではないかと思う。

鳩山元首相の過ちは、理性と善意の矛先が小我、即ち、民主党政権維持と菅直人個人に向けた小我であった為、善を装っている悪人(菅直人)に欲(小我)を操られた形となったのではないだろうか。

悲しい事だが、今の世界は、お金によって動いている利益主義。利益主義の政治においては、いかに悟られずに、相手を利用するか、相手の裏の裏の裏までも利用する、そういう社会だ。
好む好まざるに関わらず、これが事実であり、政治を動かしている現実なのだ。人を騙すことのスペシャリストの格好の餌食は、理性と愛で動く人たち、この人たちに対しては、簡単に騙す事が出来る、そのマニュアルを持っている人達。以前、このブログで紹介した映画「god in new york」にも出てくる、人の理性を利用する悪人。

この度の政治劇の中で、松木議員の功績は、非常に大きい。

主要メディアは、この功績(松木議員のしたことの本質)に殆どスポットを当てていない。

松木さんが言った言葉「不信任だから不信任に賛成した」非常にシンプルであり、明快である。松木さんのような物の考え方、行動力によって、多くの人が動いたとしたなら、政治の流れは変わっただろう。
過半数以上の人が、しがらみ(派閥)から一脱し、自己責任の下、判断をすることが出来るよう覚醒したならば、日本は変わる事が出来たはずだ。しかし、まだ、其処に至っていなかったということが、今回の衆議院議員が身をもって、国民に知らしめた、私達国民にとって、非常に大きな出来事であったと思う。

「日本人は、今、この程度なんです」と・・・。

やはり、国民の代表者なのだ。

松木のように実直に行けば、内部分裂をして、政治空白が出来るという人の声が大きいように思うが、本当にそうなのか?私は、そうは思わない。

先にも言ったが、すべての人が、しがらみから一脱し、自己責任の下で自己判断する事が出来るようになれば、その先で決定された事については、誰一人、人のせいにしない、事故の責任で事を進める集団になるからだ。そして、自己の責任、一人ひとりが成熟した集団から選ばれるリーダーこそが、真のリーダーだからだ。
然るに、世間一般に「次の総理が誰になるかわからないから・・・」とか、「誰がなっても同じだから・・・」「それならば、菅でいいんじゃないの~」・・・みたいな、そのような、曖昧な実態の無い不安は起こりえない。

もっと言えば、不信任投票の時点は、その先に道が二股に分かれていたのだ。一方は、議員一人ひとりが成熟した自己判断の切符を握って進む道、もう一方は、相変わらず、集団(派閥)で進む切符を握って進む道だ。
どちらかを選び、どちらかに進めば、それが世界となるのだ。

今回の松木さんの行動が、日本人全員に伝えたメッセージ!このメッセージを受信した人が何人いただろう。

「自己判断で行動しろ!」

非常に大切なメッセージであり、日本が変わる事に出来る唯一の方法だと思う。


非常に残念なのは、このことをメディアが全く伝えないことだ。

鳩山元首相は、集団で進む道を選んだ。友愛を掲げた元首相だからこその判断なのだろう。一個人、一派閥に向けたその愛を次には、何処に向けるべきか、その選択を見守りたいと思う。
能の演目に「羽衣」というのがある。
この中で、天女が「羽衣を返してくれないと舞が踊れません。だから羽衣を先に返してください」と松原に住む漁師、白龍に言うが、白龍は、「羽衣を先に返しては、天女は舞を踊らず、天に帰ってしまうのではないか・・」と疑うが、その白龍に天女は、「疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」と言う。そして、白龍は、その言葉に改心し羽衣を天女に返す。天女は言葉通り、舞をまうのだ。

私達は、まさに白龍だ。そうありたいと思うだろう。いや、始めから人を疑いたくもないのだ。そして、やはり疑ってはいけなかったと思いたい。でも、「疑いは人間にあり」であり、人間は偽る生き物なのだ。だからこそ、人を信じるときには、騙されてもいいと思って信じろ!本当に騙されてはならない重要な事の場合は、どんなに親しくても、しっかりとした誓約書を交わさなければならない。

「民主党内(身内)だから誓約書は要らない」と言ったそうだが、本当の愛は、人間は未熟な生き物である、偽る生き物である事を認め、民主党内(身内)だからこそ、双方、何があっても不の財産を得ないように誓約書を交わすべきなのだ。本当の愛とは、他者に対して、また、自信に対して謙虚であることだろう。
「民主党内(身内)だから誓約書は要らない」といってきた時点で、偽りを見抜くべきだったのだ。

今回の政治劇は、日本人の精神を垣間見る大きな出来事であったと、その事を伝えたかった。そして、改めて言いたい!

「自己の判断、自己責任で動こう!」

さすれば、日本は変わる。
さすれば、本当の愛がわかる。
本当の愛は、本当の愛を待っている。