2011年8月25日木曜日

疎開話・・続き

3.11の直後、主人は、3.15にミャンマー行きが決まっていたので、私は、子供3人をしっかりと護ることを約束して、主人を見送った。それから2日後、東京を離れ四国入りしたわけだが、なぜ四国だった??

避難先候補には、大阪、島根、高知と4箇所を考えていた。大阪には従姉妹がいたし、島根は父親の実家があった。そんな中、なぜ四国にしたかというと、まず一、避難すると言うことは、もしかしたら、東京には戻れないかもしれない・・、ってことは、一時・・・ではなくて、長期わたって住む事も考えられる・・・、ならば、私達家族が、私達夫婦の価値観そのままに住めるところ・・・・・で、高知を選んだ。

ずっと以前から、四国にはとても興味があった。私が20歳のころ、テレビで見たよさこい祭りの映像・・・、

「この県は、凄く自由で柔軟な文化がある!」と

よさこいからピンと来たことを覚えている。
それと、ここ2年くらい、わたしは、日本国建国に際し、渡来人と融合した経緯(大和建国)にとっても興味があって、岩城が神道であることも手伝って、神道と仏教がいかに融合したのか、何冊かの本も読んでいた。今、日本でみんなが知っている日本神話が、どれだけインチキな物かも少し知り始めていて、結局、時のローマ帝国が、太陽信仰とキリスト教徒を懐柔して、今のキリスト教を作ったのと似てるんじゃないか??と思うようになっていたり、また、イエスキリスト系のユダヤ教徒がたどり着いた先が高知で、神道とユダヤ教は非常に密接な関係があること、そして、剣山がそのスポットとなっていること、神道も仏教と繋がっていること、等々、日本の起源を探る上で、高知はかなり興味深かった。

それとはまた別に、私には、4才上の姉がいて、35歳であの世へ逝ってしまった。世界一大好きな姉だったんだけど、その姉が他界した地が高知だった。
わたしにとって、高知は、姉に会える場所でもあったので、いつか、出来るだけ早くに、高知へいきたい!と、予てより強く思っていた。

そんな事もあって、「高知へ!」であれば、主人も私も、自分の感性に沿って生きていくことが出来ると思い、高知を選んだわけだ。

主人の友達を頼っての高知入り。私のとっても、初めて会う人・・。
でも、ホント!初めてとは思えないくらい、前から知っていたかのような存在で、全くストレスがなかった。
すべてが上手くいった。
東京から高知まで、私達を運んでくれた車がぽしゃって、結局、廃車にすることになったんだけど、廃車も代車も「上の加江モーターズ」(友達が知っているおじさん)の社長が、全部面倒を見てくれて、代車も約一ヶ月半もただで、貸してくれたんだ。代車と言っても、こっちは修理の出しているわけでもないし、ましてや、新しく車を買う約束なんかしていない。
「田舎は、車がないと困るだろう・・」
って、それだけの理由で、ただで貸してくれた。

友人の家に間借りした3日目に、友人が紹介してくれた、定住出来ない(したくない)5人家族。
始めから凄く楽で、すぐに好きになった。
この人がなんと!東京に居るときの大好きな友達(もともと姉の友人、疲れ果てると、だらだらしたくて会いに行ってた友人)と友達だったの!同じ大学で、一緒に住んでいた事もあるんだよ!しかも、姉とも遊んだことがあって、もーびっくり!っていうか、この頃は、本当に神がかっていたので(いつでも神様といっしょなんだけどね・・)「やっぱり・・・ここまでも。。。」ってかんじで、マジ、ため息って言うか、世の中って、こういう事があるんだよね。

住まいも、家財道具も偶然が重なって、全部用意されて、本当に会う人、会う人に深く頭を下げていたっけ、
「本当にありがとうございます」って。

私が、高知に来れたのは、全部、友人のおかげ!私を助けてくれる人が、ずっといて、トラブルも難なく超えられて、本当に感謝しています。

今、全国に自分を変えたい、環境を変えたい、疲れをとりたい、日常から一脱したい・・等々、思っている人がきっと沢山いると思う。そんな人が、少しでも気を休める事ができたら、休む場所を提供できたら・・・って、思う。
私も、みんなの助けがなければ、此処に来れなかったから。だって、お金がある訳じゃないし、暇だってない。
「行きたい」って思ったときに、「お出でよ!」って行ってくれる人がいて、その先に普通の日常があったから、今があるんだよね。

特別なんていらない!ごく普通の営みがあって、それが唯一、自分を楽にしてくれるってことを、もう知っているんだ。

東京にいるときからずっと思っていたこと。
「私は、他人を助けることなんて出来ない」
だから、自分を育てる。

いつの日か、育った先で、少しずつ人の笑顔が増えていることを願って、夢見て。

私が今している「みらいの芽」は、福島の子供を助ける・・なんて、そんな立派な事じゃなくて、ただ、昔から変わらずに流れている時間を止めたくないだけなんだ。
時間が止まってしまうと、さみしい気がする。
樹齢800年の銀杏の木の下でコンサートをやったり、おばあちゃん達が、まるで子供のように道ばたで話していたり、昔からずっとある風景を終わらせたくない、思い出にしたくない、ずっと生きていて欲しいからなんだ。
それは、ただの私の思い。人のためには生きれない・・・・でも、何か出来ると思っている。

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