1時30分ごろ、徳島港に着いた。
あっという間の船旅、なかなか面白かったゾ!
我が家では、先ず、カップラーメンを食べる事はない。
毎年キャンプに行くが、キャンプ先でも絶対に食べない。一日のうち、限られた回数だけの食事は、体が喜ぶ物を出来れ食べたいと思うので、少々面倒だと思うことがあっても、簡単な料理は必ずして食べる。
その為、長男以外は、カップラーメンを食べた事がなかった。
そんなわが子も、いよいよあのカップラーメンを食べる事になった。BS以外はテレビを見ていなかったので、カップラーメンのCMを見た事もなく(ともだちの家で見ていたかもしれないが・・)興味もあまりなかったのかもしれないが、この時は、とってもウキウキしていたようだ。
「どのカップラーメンにしようかなー」
シーフードヌードル、カレーヌードル、ショウユアジのカップヌードル、どんべい、と、こんなもんだったかな??
結局、シーフードヌードルを食べていた。フェリーの中は、美味しそうな食べ物は全くと言っていいほどない。全部冷凍食品だ。なので、フェリーに乗るときは、事前に食料を確保して置くことをお勧めする。
フェリー旅は、いいものだ。空を飛んでいくよりも、海を渡って行くほうが旅をしている感が高いように思う。
徳島港に着き、車で船外へ。船から下りて、徳島の地に着いた時は本当にワクワクしたなー。カーナビがあったので、何の心配もなかった。カーナビよ、ありがとう。始めの徳島もカーナビがあれば何の心配もない。
行き先は高知市内の友人の家。ナビに住所を入力してGO!いつも自分が使っている車に乗っての移動なので、なんだか、徳島だろうが、東京だろうが、全然変わらない感じ、いつもの生活のまま、何もかわらない・・・。
でも友人の家についてから次第に、今は、非常事態であることを思い出してきた(--;)・・・そう、私は、何をしたって、どうなったって、結局のところ、今でしかない!とんでもないことが起きても「今」、とどのつまり、普通に生きているだけ。だから、(今の社会情勢にどっぷりと浸かっていなくったっていいじゃん!)(この時を私流に生きるだけ!)と思っていた。しかし、他人と接する事で、社会の一員となり、社会に足を踏み入れているんだ。
どう説明していいのか分からないが・・、言葉で伝えるのは難しい・・。
夜、自分がトテモ疲れている事になんとなく気が付いた。夜も遅かったので、ご飯を食べてから寝る。
友人宅に着いたのは10時00を回っていたのかも・・・そんなに遅い時間に食事の用意を80歳のおばあさんにしてもらって、本当に申し訳ない気持ちになった。
布団に入ってからも寝れない・・。ずっとラジオに耳を傾ける。原発はどうなっているんだ?東京は大丈夫だろうか?東京には兄家族と母がいる。本当に気が休まらなかった。ただ、横で寝ている子供達を見ると安心した。子供は大丈夫。眠れている。
次の日の朝、私は、中土佐町に住む知人の家に電話をする。
「今日、そっちに行きたい・・・」
いつ高知に来たか、昨夜は何処でお世話になったのかをざっくり話した後、
「ここでゆっくり休む事が出来ないからそっちに行きたい」
知人は直ぐに受け入れてくれた。
高知市内の友人は「何かあったら、いつでも電話してね」
と言って、送り出してくれた。本当にお世話になった。この人が居てくれたから、私は高知に来る事が出来た。ありがとうございました。
5時ごろ、高知市内を出て、中土佐へ。
高速で悠々と中土佐まで向かっていた。
40分ほどで目的地に着くというところで、突然オイルランプが点灯・・・、なにこれ?どうしたらいいの?
直ぐに昨夜お世話になっていた友人へ電話をして、アドバイスを受ける事に、
「次のインターで下に下りて、ガソリンスタンドに入りなさい」
アドバイス通り、次のインター(須崎インター)で下に下りて、ガソリンスタンドを探すも、見つからない。
いよいよ焦げ臭い匂いが当たり一面に広がり、煙まで出てきた。これ以上走るのはやばい・・・。
そう思って、私は、半分閉まって、半分は開いているようなスーパーの駐車上へ車を何とか止めた。
そこで、店から出てきた男の人に声をかけて、状況を説明すると、
「チョッと待っていて」
と、近くに知り合いの整備工があるらしく、戸を叩いてくれた。
「もう閉まってるからいないかなー?」
と言いながら何度が戸を叩くと、中からお兄ちゃんが出てきた。事情を話すと、快く見てくれた。
「オイルがないね・・、修理すると預からないといけないから、取り合えずオイルを足しておきますから、いけるところまで言ってみるしかないですよ」・・・。
(仕方ない、お兄ちゃんの言うとおり、いけるところまでいくしかない)
心でそう思い、先ずは、お兄ちゃんにお礼をいって、「おいくらですか?」とたずねた。すると、「いいですよ、避難されているということですから」・・・・。再度お礼を言って車に乗り込んだ。子供達は、「いい人だね!」と明るい・・。こんな状況にも関わらず、彼らは、それを楽しんでいた・・・、母は助かるぞ君達!
元気に走り出したはいいが、恐怖のオイルランプが、ものの5分足らずで点灯・・(もう駄目だ・・)
道の脇に止めて、これからお世話になる知人へ電話。
「車が壊れた・・」
それから、私たちは、まだ寒い高知の夜の暗い道沿いで、家族4人、友人の車が来るのを待った。この次期は、雪も降るらしく、私たちは、高速に乗っている間、雪、雨、強風と、すべてに出くわした。初めての高知で、まさか雪に遭遇するとは思いもしなかった。
3人の子供達は、HIGH状態・・・、本当に親孝行な子供達・・なのか?ただの能天気?なのか??・・・まっ!よかろ!
30分ほど待っただろうか、車がこっちに向かって来る!!ほほっほおおお!助け人!!!!車は、私たちの車の後方に着き、車から今日!初めて会う主人の友達が出てきた(女性)私たちは、思わず抱き合った。
「良く来たねーー」(彼女)
「こんな初対面ですみませんーー」(私)
車に積んでた荷物全部を彼女の車へ移し、もう動かなくなった愛車を乗り捨て(あとで、整備工のおじさんが処分をしてくれる事になる)私たちは、車に乗った。
(助かった~)
.....つづく・・・・。
車が壊れたときは、本当にまずかった。でも絶対に大丈夫と信じて疑わなかった。始めに入った整備工のお兄ちゃんに「良くこれで、ここまでこれましたね・・・」と言われました。がんばってくれた車に感謝。私たち支えてくれたすべてに感謝しました。そして、必ず収まるところまで導かれる!すべてに心を開いて、素直に受け入れていこう!このやり方でいけば、必ず、家族が幸せで居られると、心底思っていました。その時、その時に、心の声が聞こえて、心の声に従って行動しました。
子供が気がかりで夏休みに疎開をしたい方、ご相談下さい。いい方法が見つかります。
0 コメント:
コメントを投稿