2010年12月23日木曜日

人事を尽くし天命を待つ

先週から我が家にも「風邪」がやってきた。
子供から始まって、とうとう私へ。
丸一日寝込んでしまいました。
完全回復まで、ほぼ2日、この間、

「これ以上、風邪に我が家を犯されてたまるか!!」

とばかり、こんなときほど、しっかりと愛情を込めた食事を取りたいとの思いで、家族の食事を体に負担をかけないように作りました。

「体は今、回復しようとがんばっているんだわ、私もそれを助けてあげるのよ」

と、おかゆさんを作りました。サトイモを煮て、有機豆乳(期間限定でにがりがついている)とお隣から頂いたゆずと合わせてゆず豆腐を作りました。

そう、こんなときだからこそ、いつも厳しい思いをさせているこの体を労ってあげられるのだから・・・。

。。。そんなこんなで、「今休んでいる場合ではない」と心の中で葛藤しつつ、結局やりかけの仕事をするには至らず、2日が過ぎたのです。

2日目が終わるころから、みるみる体調が良くなり、

「イヤー、なんか、調子が上がってきたゾー」

体が回復すると、心までも回復するのね、体調が優れないときは、思考までもがネガティブになって、

「私、このままで生きていけるのかしら・・・つらい・・・」

なんて、この世の終わりかのごとく、凄く落ち込んだりして・・・。
でも体調がよくなると、勝手になんだか嬉しくなるのですよね。
ホント、毎度毎度の事なのですが、つくづく、自然の流れには逆らえない・・・というか、自然にしか生きられない?人間って、自然に生きるのがもっとも効率的なのだと、再認識いたしました。

のどもと過ぎれば熱さ忘れる・・・ってやつで、いつも風邪を引く度にそう思うのですが、元気になってしまうと、ついつい、自分を酷使してしまうのですよね。

忙しくて睡眠不足が続いたりすると、ねむいんですよ。
でも、「昼間に寝るなんて怠け心だわ」と思い、寝不足続きでもがんばってしまう・・・。
すると、徐々に作業効率と、充実感が失われていくのですよね。挙句の果てが風邪ですよ。

風邪程度で済んでいるからいいですが、この習慣、思考は、大病をも引き起こす元ですから、いけませんね。
世間や上司の言う事を聞く前に、まずは自分の体のいう事を聞くようにしましょう!

いろんな面で厳しい現代、<酷使して何ぼ>という価値観は、経済優位主義の始まりです。使うだけ使え=使い捨て、これではいけません。

使える物は使うべきだと思いますが、その分、お手入れもちゃんとしてあげないといけませんね。必要なところで十二分に能力を発揮できる自分で居るために、体調が優れないときは、ちゃんと自身を労わってあげる事は、とてもとても大切な事です。本当の愛はここにあるのではないでしょうか。

薬でごまかして、働かせようとする考えや力の先に何があるのか・・・苦しみを苦しみとして受け入れる事が出来ないと言う事は、人として、ともて恐ろしく悲しい事です。その先に様々な社会問題が起きてくるのです。

たかが風邪と軽視してはいけません。些細な事に愛を向けられない人々が愛と平和を謳えるのかい?自分自身を愛する事からはじめよう!

愛とは宇宙と繋がる事だ。そんな大それた事ではないのです。風邪を引いたときに休んで、自分のためにおかゆさんを作ってのんびりとして、現代の雑踏から体を解放、介抱してあげる、それだけの事なのです。たった、それだけの事をしてあげてほしい。自分も含め、すべての人に言いたい。

「風邪のときくらいは、回復するまで仕事を休んで、介抱してください」

そんな間に、天命が届くかもしれないのですよ。

いつもがんばっている、子供と大人にこの言葉を届けたい。

2010年11月22日月曜日

凄く違和感を感じます。

柳田法務大臣辞任劇について、非常に違和感を感じます。
失言と言えば確かに立場をわきまえない発言ではあったと思いますが、
柳田法務大臣の失言でも言われていたようなことを、歴代の法務大臣がしていた事実は全くの無視、それどころか、それを常識として、へいへいとお役を流していた旧与党がこれを言及している。更に補正予算案の審議に応じないなどと、国民生活を人質にするような交渉の仕方が低脳過ぎるのではないだろうか。
柳田法務大臣と、自民党代表とする野党とどちらが悪いことをしているのか、私は、自民党のやり方が非常に気に入らない、卑怯なやり方にうんざりだ。品格も何もあったもんじゃない。こんな卑怯な事をのうのうと正義であるがごとく報道されていることに恐怖すら感じるのは私だけであろうか。疑問だ。

先日、DVDで阿部寛主演「青い鳥」を見た。
中学生のいじめが題材になっている映画ですが、是非大人から子供まで多くの方に見ていただきたい映画です。いじめとは何か?はっきりと言っています。いじめは子供だけの物ではない。大人も良く考えてもらいたい。特に未来を担う子供達には、しっかりとした道徳観を教えるべく、この映画を教育機関でも取り上げてもらいたいと思います。

2010年11月17日水曜日

宝石がいっぱい落ちている夢を見た。

数日前の夢、普通の住宅街にある空き地のようなところに、なぜか宝石がいっぱい落ちている夢を見ました。カット石とかいろいろ、グリーンのカット石やブルー、レッドの石達がいっぱい落ちているというか、土の中から出てくるんです。STONE HIGHも開業して10年になりますが、こんな夢を見たのは初めてでした。この不景気の中、ミャンマーでも宝石鉱山での採掘率が減っているようで、仕入れに行こうと思っても現地に無い・・なんて時期もあります。しょうがない、時期を待ちましょう・・となるわけですが、幸いにして、STONE HIGHにこの度も美しい石達が沢山(石にしては沢山と言うことです)来てくれました。
本当にありがたい事です。神様、バイヤー様に感謝、感謝です。STONE HIGHは美しい石達が活躍できるシーンに行くことを仕事として、謙虚に勤めて行きたいと思っています。

そんな日常の息抜きに小説を読んでおります。昨晩読み終わった本は映画にもなった「インシテミル」。
読んでいる途中のほうが、読み終わった時よりも正直面白かった・・。最後がいまいちだったなー・・・、これが直ぐに思った感想。でもなんだか、その後にまだ引っ張られる余韻がある本、もう一度、読みたくなる。
地下の閉鎖された施設で、7日間 見知らぬ人々と思われる12人が生活をする時給十一万二千円のアルバイト。それぞれに異なる動機があって、このアルバイトに応募、そして採用される。当然そこには、それぞれに大小さまざまな欲望があり、それを満たすために参加しているわけだ。

話は、3日目の朝から急展開する。一人の人物がなぞの死を遂げた朝。この事件をきっかけに館内には、なぜだか分からない恐怖が現実の物となり、更にその現実が肥大していくのだ。
「インシテミル」では、まず最初は金銭的な欲があって、次に、得体の知れぬ違和感(不安)に包まれ、一人の死を皮切りに、恐怖が館内を支配した。

私達の極普通の日常生活でも不安が恐怖の引き金となり、災難を招くことは実は良くあることです。不安が自身の心を支配した時には、できるだけ、その不安な気持ちと正直に向き合う事から不安が消えて、次にするべき事が湧き出てきます・
武器禁輸緩和問題しかり、TPPしかり、報道のあり方その物を見直す必要があると強く思っています。
物の通りや有効性は幾つかあるのでしょうが、報道スタイルとして、恐怖や不安を煽りすぎる。これでは、真の国益に関する世論は生まれません。時の流れが異常なほどに早い近代では、じっくりと長期に渡って、事を理解することが難しいようだ。

今、このときの不安や恐怖に操られることのないよう、事の本質を理解することに勤めることが先決なのではないだろうか。

2010年10月25日月曜日

美しいルースの写真を撮り始めました

ルースはやっぱりいいですね。

触れる、つぶせる、乗せられる、真横から眺められる・・・。
透かしたりして見られる。

その一粒のなかの豊かなスペースにうっとりすると同時に、
その一粒から広がるイマジネーションの世界が、何とも言えない、自由を感じるのです。
動物間にはない時間だと思います。

今日は、ムーンストーンと翡翠の写真を撮りました。
STONE HIGHの翡翠は、正真正銘のミャンマー、パカン産の本翡翠です。
それだけで、とてもとても高価な宝石です。
実際、天然無処理の宝石と、樹脂を浸透させたり、一度乾燥させてスカスカにした跡で、色を浸透させる着色処理をしている翡翠が、市場の大半を占めている事を皆さんご存知でしょうか。

STONE HIGHでは、開店当初から本翡翠にご縁があって、グリーン色の本翡翠を定期的に入荷しています。
直輸入であることや、それ以前に、もともとが宝石界とは全く縁もゆかりもない存在であったSTONE HIGHの面々は、その価値にウトカッタ。。かもしれません。

ある時、デパートで全く同じタイプの本翡翠を発見した面々は、その価格に驚きました!のぁんと、STONE HIGHの10倍以上!!本当に驚きました(^0^!)
友人にも、『ちょっと安過ぎるんじゃないの?』と言われ、バイヤーにも『STONE HIGHは安く売りすぎだ』と言われているそうです。(ミャンマー人にそういわれたらしい・・・)

そんなかんなで、『確かに安すぎだよねーー』と気がつきながらも、『でも、今はいいんじゃない?』と、商売っけにかけるSTONE HIGHでした。

それにしても、マジ、安すぎて、偽者だと思われていないかなー・・と思ったりしていますが、本物です。
何度も言うようですが、天然無処理のグリーンで艶と透明感のある本翡翠は、凄く大切な石なのです。
STONE HIGHの本翡翠達、ずーッと愛される人のところへ行けるといいのだけれど・・・。

2010年10月17日日曜日

素材感

自然の力では作れない物を作りたい・・・それは、モノを作る上で、最高の欲なのではないかと思う。
自然にある素材を利用して、自然が作り出せない造形に挑む。「生む」とはそんな事なのではないだろうか。

宇宙の中で、その延長線上にある私的オリジナリティー。素材を知り、その味を漂わせながら、私的流にまとめる。そのプロセスは、まるで、素材と会話をしているようなものである。素材が気持ち良さそうで、どのプロセスにおいても美しいと、作り手が思える事が非常に大切な事である。

私達は、何物とも通じ合っている。それは必ずそうなのである。しかし、通じていながらも、意識では認識できない所に、淋しさと悲しみがあるのであって、全く通じていなければ、通じているのに通じない・・、そんな辛さは感じないのである。。

今、わたしは、石を中心にその石が私達人間の日常に生かされるよう、また、活躍できるようなアイテムを創造することがとても楽しい。じっくりと対話しながら世界に一個しかない、その石の為に作りたい。
そのためにも、原子の事をもっと知りたいと思っている。原子は、それ固有の意思を持って動いている。原子の意思が分かると、その作用が分かり、もっともっと石が私の中に強く存在するように思うからである。石は、私を生かしてくれる大切な存在である。そんな石に輝き続けてほしいし、人に役立つ大きな力を持っていると思う。

そんな事で、毎日、殆ど家から出る事の無い生活で、且つ、家族以外の人と会う事が全くと言っても過言でないほど、人に会わない生活をしている今日この頃・・・。気晴らしに、たまには友達に会おうかナーーーとは、思うけれど、それよりも本を読んでいる方が楽しいし。。。と思ってしまったりするものだから、更に人と会う機会を逃してしまう。そんな私の生活は、起きる→ご飯を作る→食べる→ジュエリーを作る→ご飯を作る→食べる→寝る→・・・の繰り返しである。寝る時間とジュエリーを作る時間はどちらも私的オンリーな時間で、この時間が私は大大大好き~なのである・・・なので、今は、このようなメチャ単調な生活がとても気に入っている。これから、寝る。今日はどんな夢を見るかナーーー、何処にいけるかナーーー楽しみ!!

2010年10月11日月曜日

百人かみつきザル捕獲

今朝の東京新聞の記事に、静岡県三島市で捕獲されたサルについての記事を読んだ。
懸賞金が20万円、捕獲されたサルは飼いザルであった可能性を示唆している。
おりに閉じ込められたサルは、終始、人から顔を背けてうずくまっているとの事・・・。
このサルの処分について、殺処分もやむを得ないとのコメントがあった。
この理由として、この猿を野に放せば、野生のサルに、噛み付く文化が広まるかもしれないから・・とか何とか・・。

私は、専門的なことは判らないが、随分と狭い見地だと思った。
一匹のサルからサルの世界に噛み付き文化がはびこる??さるって、噛み付く生き物だよね・・・。
人から顔を背けて、うずくまっているサル・・・人が恐いのではないのか・・・・。

対人間については、殺人犯であっても死刑に対して廃止を訴えている声が取り上げられているにもかかわらず、100人にしても噛み付いただけで殺されてしまうサル・・・、サルの気持ちも知らないで・・・。
人間なんてこんな者・・・。サルが理由も無く人に噛み付くかしら・・・。

遺伝子組み換え作物についても、MOP5で「責任と修復」についての既定が話し合われているそうだが、何処まで行けば、人は、自分達を生んだ地球よりも、お金を大事にする事のおろかさに気が付くのか、懸念材料が拭い去れない中で、今尚、遺伝子組み換え作物の研究と実用化が進んでいる、更に生殖能力を持たないGMサケが近く、アメリカで承認されるそうだ。
生き物から生殖能力を奪い、その結果、種を有料独占する企業が発展を遂げる、こんな可笑しな事が、世界の高学歴、高収入、インテリ層の間で行なわれている。ばかげた事だ。
遺伝子組み換え作物を食べたマウスは、肝臓、腎臓の機能低下と不妊、免疫不全などの症状が出ていると、各国から報告されているそうです。家畜のえさには、これらが当たり前に使われているそうですので、くれぐれも気をつけたほうが良い。狂牛病で最愛の娘を亡くしたイギリス人が、「1パーセントの疑念があれば、それは避けたほうが良い」といっていたが、その通りだと私は思う。数多くの疑念がある中で、遺伝子組み換え作物が推奨されている実情を見ると、政府はトコトン経済最優先なのだと、この場に及んで言葉もない。「おまえ達、遺伝子組み換え作物を一生かけて食べ続けろ!それが出来るのか!」といってやりたい。

このような、ばかげた事が推進されている世界において、国民健康保険がウンチャラ・・などといっても、全く意味が無い。誠に0ベースで人間に必要なモノはなんなのかを箇条書きにする所から始めた方がいいのではないだろうか。頭が良過ぎるのか、頭を使いすぎ!何でも「過ぎ」は良くないよ。

いろんな事を考える時、子供の教育が最も大切な事だと、そこに行き着く。
体力低下は、子供に木登りをさせないから、路面でケンケン遊びをさせないから、お稽古ばかりさせて、子供の自由を奪っているから・・・・・。東京の私の子供の学校では、雪の日に学校で雪合戦禁止なんですよ、信じられます???
自主性にかけるのは、間違った事をした子供の頭を撫でてあげないから・・、意外な意見を膨らませてあげないから・・・、判らないことを分からないと大人が言わないから・・・。時間に任せるゆとりを大人は持ったほうが良い。

勉強に関して言えば、子供の想像力を活性化させるような教え方が望ましい。答えをその場で出し、確認する事ばかりが能ではない。生活の中で活用できてこその学びである事に立ち返り、いかに生活に取り入れた授業内容にするかに、先生方の力を注いでほしいものだ。私は、興味の無いことには全くと言っていいほど、取り組まない子供だったので、学校の授業は、退屈で仕方が無かった。中学2の後半からは、殆ど授業には出なかったが、今となっては、後悔している・・。大人になって、初めて勉強する事が素晴らしい事だと気づかされた愚か者だが、その分、楽しい学びが何処にあるか、子供の気持ちは良く分かる。

子供を育てる事は、本当に大変。私も本当に辛い時期が長くあったけど、今は子供といる時間が一番大事です。子供を育て上げた人に「今が一番いい時期よ・・」って、言われて、「そうなのかなーーー」って思ってたけど、最近、「そうかもしれない・・」って思う。幸せって、気付いたら、残り僅か・・・なんて事があるのかなーー。この前、下の子供とあと人生何時間あるのか、計算してみた。下の子供は7歳で98歳まで生きる予定だと言ったので、残りは92年、92年×365日×24時間=805,920時間・・・・えーーー、たったこれだけ~~~~!一億とか一兆なんて数字は当たり前に飛び交うこの時代において、たかだか、八十万??なんて短いの・・、と驚いてしまった。
私は、80歳まで生きる予定として、(80歳ー38歳)×365日×24時間=367,920時間か~。

(ここで思った、幾つかの単位で括るよりも、一つの単位で流した方が、意外と感覚的にわかりやすいのね!)

世の中の、不道理を思うとき、子供と一緒に居る時間をもっと大切にしてほしいと願う。母親が子供とべったりしている時間は、たかだか6年だろう。この6年が人の一生にとってどれだけ大切かは、計り知れない。この間、未熟な母親であっても、暗い時期があったって、いいのではないだろうか。完璧である必要は無い。子供の幸せを願う気持ちと、可愛い・・と思う気持ちがあれば、何とか成るのではないだろうか。(しかし、可愛い・・と思えないとしたら、それは、他人の助けを求めた方がいいと思う)
また、それに加えて、木登りをさせて上げられる世間のゆとりが必要だ。子供が自由に外で遊べば、おのずと親は、外と関われるものだ。この点は、発展途上であった頃のほうが、ずっと進んでいたのではないだろうか。

あえて、外と関わる必要がなくなっている昨今、どのように外と関わるのかを選ぶことが出来るようになっている。言い換えれば、別に関わらなくても生きていけるのだから、好きなように関わればいいや!と楽観的に成る事も出来るのだ。好きなようにすればいいのだ。そのときに見えてくる世界が、本当の世界なのではないだろうか。そこに実態があるのだと思う。好きにしてみれば、本当の愛が見えてくるかもしれない。人は宇宙の果てまで繋がっているのだ。

2010年10月6日水曜日

映画「悪人」を見た

ウーーー、今日、やっと映画「悪人」を見ることが出来ました。

原作を読んでいた人と読んでいない人では、感じ方が違ったのではないかナー。祐一像について、かなり端折っていたし、登場人物同志が複雑に入り混じっている感じも表現できていなかったように思う。

映画では、世の中のシステムの中でモデル的な恵まれた環境の中で生きている、凄く性格の悪い若者、増尾と、田舎者で悲しい生い立ちで、都会の流れからおいて行かれた若者、祐一から見えてくる「悪」に集約されているようだったが、この物語の本当に掴みたい部分は、祐一が行なっている「善」であると、私は思うのです。裏タイトルは「善」なのだ^0^;イヤホント!同じストーリーを裏から見た「善」と言う心にしみる・・・・を書いてくれないかなーー。

原作の中で祐一が言った言葉に「・・・でもさ、どっちも被害者にはなれない」と言うセリフがある。
母親にお金をいやいやせびっている事をヘルス嬢に話した後のセリフだ。母親は子供の祐一を捨てた、その事を大人になった祐一に会うたびに泣いて謝っていた、そんな母親に金をせびった祐一が言ったセリフだ。

私もかねがね、「善人を作れば悪人が存在する、人は良い人であろうとするが、良い人が作られれば、それと同時に悪い人が存在するんだ」と話す事がある。子育てにおいても、自分の子供が良い子であって欲しいと思う親が沢山いて、子供同士が玩具の奪い合いなんかをしていると、「00ちゃんに譲ってあげなさい」なんてシーンには、子供を育てた親なら必ず遭遇しているであろう。時と場合によるが、その裏に「00ちゃんは良い子ねー」と、なんというか、いやらしい下心が見えることも少なくない。

一見いい人であろうとする人が今の時代目に付く。
「良い事は人に気付かれないようにするものだ」この事を実践していたにも関わらず、悪人になってしまった祐一。祐一は、一つの弱さ故に悪人になってしまった、その弱さとは、人を信られない弱さではないだろうかと、そんな風に思った。絶対にどんな事があっても信じられるものが子供には必要なのだ。それが母親なのだとこの映画で改めて思った。

ラストの方で、祐一を育てた祖母、房江が家の前にたむろしているマスコミを前に立ち止まるシーンがある。
ここで言ってほしかった「祐一は良い子なんです!」と・・・。世間体を考えて、思っていても言えない一言ってあるじゃないですか?政治でもそんな一言が聞こえてくるシーンがありますよね。友人との会話でもあります。また、言えない一言ってある。その一言の持つ背景は、他人には見えないもの・・・、でもその一言は、大きな一言で、見えないけど、大切な根幹を流れる一言だったりするんです。その一言を言っても現実は何も変わらないかもしれない、でも、その一言を言う事で、本当の現実が見えてくる事もあるのだと、そんな事も思ったりしました。

光代が灯台で「何か言ってよ!祐一は何も言わない!」と言うシーン、祐一は「ずっと一緒には居られない、光代も分かっているだろう・・・」と言うやり取りがある。言ってもしょうがない・・・・本当にそうなのだろうか。しょうがあろうが無かろうが、言うことに実があるのだ!と私は強く思う。言う事の先に何も無くて良い、言うことに意味があり、それが全てであっていいではないか。ぶつけっぱなしで許される関係が人には必要だ。本当は良い人なのよ・・・って、そんな強さが必要だと、いろんなところで思う。信じる事が許される世の中であってほしいと思います。

ンーーーーン、出所してきた祐一と光代の幸せなドラマがみたいゾーーー。
ガマンしても泣けた映画だった。原作がかなり省略されていた分、役者の演技、表情がかなり際立っていた映画でした。佳男が佳乃が殺された現場に行ったとき、現れた佳乃の亡霊、「誰がおまえをこんな目に合わせた?」と聞く佳男を見る佳乃の表情が抜群だった。それと、光代が働く職場の先輩、水谷役の役者・・名前が出てこないけど、その役者がやるのかなーーーと思っていたが、いやいやピッタリでおまんがな!ワンシーンしか出てこないが、存在感ありありで、配役がよかったよーーー。

あーーー、限がないな、こりゃ。

2010年9月28日火曜日

吉田修一「悪人」



吉田修一が書いた「悪人」が面白い。

息抜きに映画をたまに見ますが、この時期、見たい映画が幾つもあって、お金と暇がついて行かずに、どれを優先に見ようか迷っていた所、子供に連れられて行った本屋で見つけた原作本・・・・。今現在、読み途中の本があったりしたので、しばらく本を片手に「ジーーー」と悩んでおりました・・・・その本「カラフル」。
「ウン!ヤッパリカオウ」・・・忙しい中、2日で完読、おもしろい・・・・。

なかなか、読み上げる事の出来なかった伊坂幸太郎の「終末のフール」を続けて完読(これは、あまり面白くなかったが、いちよ最後まで読んでおきたかった)、そして、「カラフル」を買う時、同時に読みたいと思っていた「悪人」にようやく手が伸びた。当初、「カラフル」にしようか、「悪人」にしようか、迷っていたが、直ぐに読み終わりそうな「カラフル」を選んだのだった。

いよいよ、原作「悪人」スタート!面白い、ドンドン読めちゃう、眠いのに読みたい・・・で、2日で上巻を完読した。上巻を読み終える前に、間も無く読み終わりそうだから、下巻も買っておいた。続きが読めないストレスを想像し、無駄にガマンしたくなかった。

下巻スタート・・・同日完読・・・・、(ウーーーー、ツライ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フーーーーー、クーーーーーー・・・・・)

(これは、映画を見なければ、ミタイゾーーー)

映画「20世紀少年」を原作で読んでから映画を見て以来、原作から入る楽しみを知った私。「20世紀少年」は、原作では表現し切れなかった、もしくは、あえて、具体化しなかった部分を、見事にリアル化していた。読者に委ねられていた曖昧な部分をハッキリと実像で見せてくれた。
原作が面白くて、尚且つ映画になっても評価できる映画がサイコーーーーとなるわけだが、映画「悪人」に個人的に期待する事は、祐一が善人として映し出されることだ。

明日、タイトな時間の中、ドーしても見たい映画「悪人」を見てきます。楽しみーーーー。

2010年9月14日火曜日

民主党代表選

菅直人が再選しました。
この結果について、国民の多数が賛同しているのでしょうか。

今回の代表選、討論や演説を聞いているかぎりでは、
小沢さんは非常に具体的な政策を丁寧に説明していました。
その内容には、非常に納得できるものでした。
地方一括交付金案に代表される、経済活性化案や、それに伴う地方固有の社会福祉の推進、お金の流れそのものを変えていく事によって、大きく財源を生み出せる。そして、地方産業が活性化することで、都心に集中していたお金、仕事を分散できる。ここから、地方から日本を元気にしていく具体的な案を提案していた。

これに比べ、菅直人首相は、法人税を減税して、他国に大企業が流れなることを食い止める、そして、雇用を守ると言っていたが、内部留保や利益を株主に多く還元して、末端の社員には還元されないどころか、容赦なく首切りをするような経営スタイルを持つ大企業が、減税を受けたところで国民にとって何の足しになるというのか?そんな事よりも、消費税の納税義務業者のラインを1000万円から元の3000万円に戻す事の方が、中小、零細企業にとっては、直に助かる。菅政権の制作は、以前と変わらず、大企業優遇制作を取っているように思えてならない。相変わらず、上から下に下りてくる図式なのだ。

小沢さんと菅直人首相の制作の大きな違いは、図式にあると見る。
小沢さんは、下から上へ、菅直人首相は上から下へなのだ。

今回の結果については、本当に残念だ。
衆議院選で民主党を支持し、参議院でノーと言った国民は、この結果をどう理解しているのだろうか。

主要メディアでは、中立な立場を取っていたのだろうか。具体案を誠実に国民やメディア、国会議員に向けて話した小沢が支持されず、具体的な政策ではない、イメージだけを訴えた菅首相が指示をされた結果となった。以前、鳩山前首相の時には、「イメージばかりで具体性がない」と非難し続けた、大手メディアや自民党が、今回は、イメージのみを訴えた菅首相を支持したわけだ。一体どうなっているんだ??この人達は一体何を支持しているのか???

今や、保守派は、各党を股にかけて存在している。菅政権は改革と言っている、思い出して欲しい、確か小泉政権も改革、改革と言っていた。その結果が今、この日本の状態だと言う事を・・。人間のあるべき本当の姿を見失った精神の上に立てられた理屈などは、地面の上に立って、物を食べて、空気を吸って活きていく人間にとって、何の薬にもならない。今、必要なモノは、下からのエネルギーを取り入れることなのだ。

こんな世の中で、癒しを求める人達が多くいる。どこからエネルギーを得ようとしているのか?宇宙か?星か?神か???全てのエネルギーは地面を介して、私達の体へと入って来る。その基本が野菜やお米だ。空気も然り、健康な地面に育つ植物が空気を生んでいる。人は時に、その大元である天を仰ぐ、その恩恵は、いつの世も、地面を介して来る事を忘れては成らないのではないだろうか。

精神は大きな宇宙のように・・・・、肉体は、地面に生きる小さな小さな微生物を慈しみながら生きて行く事が、私達人間のあるべき姿であると私は思う。
どうか、人としての分を忘れる事の無い、また、犯されることの無い、政策を取っていただきたい。貧乏人、金持ち・・そのような分ではなく、まず、人間としての分のある政策を心からの願う。

2010年9月11日土曜日





凄く可愛いスタールビーを発見!!!!
その名は、arl002!!



以前アップしたルビーですが、色がメチャクチャきれいで、透明度も高い!!

イヤー、感動しました(^0^)

18倍のルーペで見ると、中のインクルージョンが、すゴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっくきれい。。

ルースの中央に幾つかのエネルギー移動が集中した痕跡があって、その形状が凄くドラマティックです。

その美しさに見入っていました所、突如あわられた六条のスター!!

「エ~~~~~~・・・・・!!。。」

ルーペから目を外し、肉眼で見ても

「キラーーーーン」 

「スターどあーーーー!!!!!!」

この石はとってもとってもべっぴんさんでありながら、メッチャ、茶目っ気たっぷりです。でも小さなスターはクーーーーru。

時間を見つけて、写真を少し取りかえようと思っています。

この石はイイ!良い!好い!善い!ですです。

これだから、天然無垢のスターコランダムは面白いです。

様々な個性的な美しさが感動します。

2010年8月26日木曜日

今日は月がきれいだ。




今日の月は、満月よりも少し欠けた月。
澄んだ大気を渡って、煌々とした黄色と私が繋がった。
黄色の月の下の淵には、水色の光が見える。
まるでムーンストーンのブルーのシラーのような色で、
ムーンストーンの輝きを月に準える感性を、蘇る思いがした。

月の輝きは、何処となく冷たく冷ややかな感じがするが、
あの煌々たる黄色の光には、全身を包み清めてくれるやさしさがある。
やさしい母親のような光だ。

・・・と、これはムーンストーンのそれと同じではないか。

人は、化学よりも確かな、本能に備わっている。
自己の感覚と化学の証明が一致することが最も望ましい。
しかし、現行、化学のそれと感覚とが一致しなかった場合に、
人は己の感覚を信じられる存在でありたいものだ。

それが、正しいか、正解か?が問題では無く、自分の感性を信じられる自信が、大きく物事を動かしているのだ。

自分を信じられるだけの歩みを続けなければならない。

2010年8月22日日曜日

ジョゼと虎と魚たち

とりあえず普通、標準である事を先におさえとく・・・・
そんな価値観が常識の現代。
普通の大学生恒夫(妻夫木聡)と、普通ではない女、ジョゼ(池脇千鶴)。
とても大切な事を伝えている映画だけれども、全然重くない。小津安二郎映画のように日常的な目線で見ることの出来る映画だ。日常の中に潜んでいる人間の欲を素直に表現しているところが妙に笑える、とてもシビアな場面だったりするのだが・・笑える。

そんなーー、的な最後・・・でも腑に落ちる終わり方で、作家のフラットな目線と同時に真の強さを垣間見る映画だった。近頃、この世の裏をかくような目線のシビアな映画が多い中で、人間の煩悩をそのまま見せてくれる映画。

2週間ほど前に「インセプション」を見た。「ジョゼ虎と・・・」とは対象的にハードな映画だった。
自分の考えは本当に自分の物なのか?実は、何物かに潜在意識を操られてはいないか?今、この時間、確かに存在しているのか?極自然に当たり前だと思っている事を少し疑ってみてはどうだろうか・・・そんなメッセージが飛んでくる映画。一人一人が自分を深く見つめる事が、次のステップには不可欠だ。

2010年8月2日月曜日

超辛口冷酒を飲みながら、一時間はかけたい、ダラダラクッキング~!

三分でなんか、料理できないよ(--;)
仕事を5時には切り上げて、夏は、超冷えた日本酒を呑みながら、じっくり愛情込めて夕食を作るにかぎる!!モードもチェンジでリフレッシュ&くつろぎのひと時、ヒグラシの鳴き声を聞きながら、夏の夕暮れ時「浸みるー・・・・」・・時間を過ごしたい(^^)

今日は、餃子を作る事に、餃子は大好きな私、豚さん入りの餃子も大好きなんだけど、出来れば、豚さんを殺さないで、美味しい餃子を作りたいワ~。それで、今日作る餃子は、おから餃子にしてみました。

【材料】
おから  2カップくらい
にら   2束
長ネギ  1本
キャベツ 2分の1
生姜   親指の先くらい
にんにく 1カケ
シソ   5枚

片栗粉  大さじ2
塩 胡椒 適当
ごま油  大さじ2

①にら、長ネギ、キャベツ、生姜、にんにくをみじん切りにする。
(出来るだけ、細かいみじん切りにするのがポイント!おからとの馴染みが良くなる。細かく綺麗に切りそろえた野菜はとても綺麗よ)

②①に塩、胡椒、おから、ごま油、片栗粉を入れて、よーーーく練りこむように混ぜる
(おから自体がしっとりしている方が、おいしくできるよ)

③ねっとりしたら、皮に包む(時間と気力があるときは、強力粉で皮も作るとおいしいよ)

④フライパンでこんがり焼いたら出来上がりーーー!!
(この頃には、冷酒ですっかり良い気持ち。焼き上がりが待ちきれないほどだ)

焼いている間に、餃子のタレを作りました。
今流行の食べるラー油がうちにあったので、これにお酢と醤油を足して出来上がりさっ!

う~~、焼けたかな(^^)フライパンの蓋を開けて、こんがり焼けた餃子をお皿へGO!
続けて、口の中へGO-・・・しっとりしていて、おいしい~~。
今回も豚さんを殺さずに、おいしい餃子を作れたわ。かなり自己満足!ヘルシーだし、お金も掛からん。
一度おためしあれ!

2010年7月11日日曜日

『ブライアンと仲間たち パーラメント・スクエアSW1』

ジャーナリスト早川由美子さんが一年半をかけて撮影したドキュメンタリー映画。
イギリスの国会議事堂前の広場、パーラメント・スクエアーで8年間、年中無休で反戦運動、テロ撲滅戦争に対する抗議運動をしているブライアン・ホウ、並びに、そのサポーターがいる。
彼らは、「正義、民主化」の大儀のもと、多くのイラク、アフガニスタンの子供達が悲惨な状況にある事を強く訴えかけ、もし、これが自分の子供におきている事だとしたら、あなた達は、このテロ撲滅戦争を正義だと言えるのか??と投げかけている。今、この時にもイラクでは、次々に子供達が死んでいるのだ、この問題は、一刻を争う問題なのだ!と、2001年に6月2日に抗議活動を始めた。一刻の問題であるこの問題が、8年経った今、まだ解決されないばかりか、ブライアンの活動を制限する為の法律、SOCPA法(重大組織犯罪及び警察法)が2005年に議会で制定された。これにより、ブライアンの地道な活動によって、広がりを見せていたテロ撲滅戦争に対する抗議の表示が没収され、縮小を余儀なくされたのだ。

ブライアンは言う。「この戦争は、テロ撲滅が目的ではないだろう、石油が欲しいだけだ!そして、戦争によって、武器を売っている会社が大儲け!軍事国家予算をすべて、世界の貧しい人々の為に使えば、世界の貧困はなくなるんだ」と。

イギリスのマスメディアが、ブライアンの事を報じる事は無く、この活動を知らないイギリス人は多い。それでも国会議事堂前には、彼はいる。国会が始まる時期には、どうしたって、国会議事堂を放映するマスメディアだが、正面からの撮影では、ブライアントと仲間達のテントが映ってしまうが為、わざわざ、横にずれた所から議事堂を撮影しているらしい。

この映画から、現行の恐ろしいイギリスの常識が見えてくる。
世界的に北朝鮮の異様な様が報じられ、これを見て、奇妙な国だと思っているが、イギリスもかなりヤバイ国だ。そして、日本も沖縄の普天間基地について、平和の二文字を大きく掲げての存在意義を謳っているが、実態は、ここからイラクへ戦闘機が飛んでいる事について、私達日本人は無責任ではいられないだろう。
日本人が、まるで他人事のようにイラク戦争を語るとき、「日本人は、その戦力を提供しているじゃないか」と言われて、「えっ!知らないよ」では済まされない。60年たった今だ、第二次世界大戦の多くに憎しみが癒されていない。国内においては、広島、長崎原爆、国外においては、朝鮮侵略・・・。世界に向けては、「唯一の被爆国日本」であるが、今や、イラク戦争に加担している日本なのだ。未来、新たな憎しみに、対処不能となることがないよう、自分達の歴史、現行について、知識を深める必要があるのではないだろうか。知らなかったでは済まされない、今尚、苦しみの真っ只中で、神の助けに縋るしかない人々が沢山いるのだ。

『ブライアンと仲間たち パーラメント・スクエアSW1』

2010年6月29日火曜日

お気に入りの詩

~~きもち~~~


大切にしていた鉛筆が無くなった、さっきまで筆箱に入ってたのに・・・。
僕は先生に言ったんだ。

「筆箱に入っていた鉛筆がなくなりました」

・・・帰りの時間 先生が、

「鉛筆を見つけた人は届けて下さいね」

っていったけど、
それっきり 僕の大事な鉛筆は出てこなかった。


僕は泣きたかったけど、我慢した、だって、
みんなにとっては大事な事ではなさそうだったからね・・・。




中学生の時、友達がいじめられていたんだ。
通りすがりに悪口を言うんだよ 凄く小さな声でさ・・・・。
ハッキリとは聞き取れないんだ でも、
何か嫌な事を言ってるのは分かるんだよ。
でも、だまってたんだ。

だって、 間違いかもしれないから・・・・・。



大きくなって分かったんだ 本当はみんな知ってたんだって事が、
本当は知ってたんだ、たぶん、きっと、絶対に。
でも だれも言わなかったんだよ 本当は知っている事を、
本当の気持ちを・・・もしかしたら、間違うかもしれないから・・・。


気持ちに間違いなんてあるのかな?
思うって 自分だけのものだろ?
「気持ちのお手本」なんてないんだからさ。


気持ちに間違いなんてないんだよ。


たくさんの気持ちがあるんだよ。


分からなくても良いんだよ。


どんな気持ちもありなんだよ。



~~~おわり~~~~

2010年6月11日金曜日

ラオスの布をアップしています。

しばらく、手をつけていなかったラオスの布のページをいじっています。石の写真を撮るのも楽ではないのですが、布の写真を撮るのも然りで、加えて、どのように見せるのかが、いまいち見えず、苦戦しておりました。しかし、改めて、布に触れてみると、「やっぱり良いわー」と心底思い、この布をSTONE HIGHの小さなオフィスに止めて置くのは、もったいないゾ・・・の思いで、ラオスの布のアップを再開したわけです。

西洋ナイズされた美意識だけでは面白くない、しかし、数年前にユーロが高騰した時期に端を発した、ジャパニーズ近代ファッションブームもチト、マンネリ傾向にある(停滞してる)。西洋と東洋の折衷が魅力的だ。
西の請負だけでは、西の人々の方がかっこいいに決まっているわけで、西洋ナイズから脱却した日本ならではの活用スタイルを定着したい。そつのないスタイルもそれはそれで素敵ではあるが、チョッと何処かがハズレているスタイルに個性が感じられるように思うのです。

ラオスの布はラオスの人々の生活と常に密着してきた・・と言うより、生活そのものであったようです。
文献からは明らかにされないラオスの歴史も、布から読み取れることが少なくないと言われます。むしろ、布から読み取る手段しかないとまで言われています。古代エジプトの壁画に見て取れるような、宗教儀式がそのまま絵柄として織り込まれていたり、人々の生活の姿や、進行している精霊など、ラオスの文化そのものである布は、ラオスの人々の時間を詰め込んだすばらしい文化なのです。

ビルマ、ベトナム、中国、タイ、カンボジアに挟まれた国土を持つラオスは、多文化、他民族が容易に入るこめる地形で、他国の情勢に何度となく巻き込まれてきました。ソビエトとアメリカが絡んだ1950年から75年まで続いた内戦下で、住み慣れた土地を追われた人々は、それと同時に受け継がれてきた染織の文化、民族の、家々のアイデンティティーをも同時に消えていきました。更に、もともと、それぞれの集落で自給自足をベースに生活を営んできた民は、土地を追われることで、食べ物を手に入れる手段も失い、仕方なく、代々受け継がれてきた大切な布を売る生活を余儀なく強いられた結果、すばらしい布が二束三文で西洋人に買われて言ったそうです。そして、その中から、優れた物を、美術館に展示して、買い取った値段からは、考えられないような高額をつけて、富裕層に売っていた歴史があります。その光景を見ていたラオスの若き青年は、この事に非常に深い憤りを覚え、ラオスが失った文化を取り戻す為、世界中から、その回収に乗り出していると、書物で知りました。この激変の時代に生きる我々日本人にも決して他人事とは思えない話です。

少し、話を戻して、ラオスでは「シン」と呼ばれる筒状の形で、女性がスカートのように穿くのが最も多い活用方法です。幼児期に父親に作ってもらう織り機は女の子のおもちゃに変わるもので、自然と染織の技術を身につけ、美人であるよりも染織の優れた女性が優れた男性と結婚できたそうです。
女性が男性に交際を求めるとき、お目当ての男性に赤い布の肩掛けバックを送る習慣がありました。その中に煮た鶏を入れておきますと、男性の両親は、鶏の太り具合から家事の能力を、バックから織りの技術を推し測り、嫁として適しているかどうかを見たそうです。子供が生まれると、その子供が健やかに育つよう、願いを込めて、おくるみを作り、子供を包みます。死んだ人にも穿かせるシン・ファ・バンと呼ばれるシンがあって、このシンを穿いていれば、天国の門をくぐって、残された家族に幸運を送ることが出来るといわれています。ラオスの布は、ラオスの人々の生活そのもの、家族に対する深い愛を読み取ることの出来る大切な文化なのです。

STONE HIGHは、ミャンマーの自然が長い時間をかけて作り出した天然無処理の宝石の深い美しさに強い魅力を感じ、幸いにして、この美しい石と縁を繋ぐ事が出来ています。このラオスの布は、人間の手によって長い長い時間の中で、育んで来た物であることが、その大きな魅力です。これらの縁を大切に、今、私たちの生活レベルで、その恩恵にあやかりたいと思います。

ラオスの布でつくられたストールは、シルク100パーセントで、とにかく軽くて、肌触りがいいです。一枚布ですので、小さく畳んでバックに忍ばせておくと何かと重宝します。寒い季節はもちろん、夏の冷房対策には打って付けのアイテムですよ。冷房もその瞬間はとても快適ですが、長くいると、体が冷えてきて、特に女性には厳しいですよね。そんな時、バックに一枚布が入っていると、とても助かります。また、小さなお子さんがいる方にもお勧めです。電車の中で寝てしまった時など、シルクの布は重宝しますよ。

「布を持っていて助かった」と思う時がきっとあると思います。気が利く女?ですよね~。・・・と、なんかヤラシイ~表現だったかな??でもでも。やっぱり気が利くって、いいでしょ!しかも、出したそれが、手織りの布なんて、ほんとーーーーに粋ね(^^)!
この布から、小さなドラマが見えてきませか~。もしかして、幸せを呼ぶアイテムなの?これ??良縁のお守りかい???
・・・・・・・シーーーーン・・・・・・・・。
ウマイ!座布団5枚!!・・・・・(++;)

2010年6月8日火曜日

死ぬまでにしたい10のこと


今日は休日にした。
日常の時間の流れから脱する休息が必要だった。
何をしようか、前日まで考えた。気晴らしに町に出る、映画を見に行く、公園で寝転がって本を読む、健康ランドに行く、プールに行って泳ぐ・・どれにしようかと思ったけど、どれもこれも時間から開放されそうになかったので、家で、パウンドケーキを作って、早めの夕飯の下ごしらえをして、借りてきていたDVDを見ることにした。毎日やっている事と変わりないじゃないか・・・(--;)、でもゆっくり夕食の準備をしたり、家族で見る「相棒」(結構大好き!)以外のDVDを、しかも一人っきりで見る、昼もちゃんと作って、ビールを飲みながら昼食を食べることなんて、ここのところなかったのだ。外に出ると、世の中の社交辞令の世界の渦の中だったりもするし、かえって疲れ、アンド、しらけたりもして、お金も使うし、逆に時間に追われたりして・・・。

今日、私が見た映画は「死ぬまでにしたい10のこと」だ(暗い・・?)ブルブルッ、そうじゃなくて、すごくプライベートな世界を描いている感じがしたので、借りてみたDVD。
主人公は、子供が2人いて、旦那もいて、とても仲の良い、愛に包まれている家族を持つ、まもなく24になる女性。末期がんであることを告知され、死ぬまでにしたい10のことをメモに書き、それを余命2.3ヶ月の間に実行していくヒューマンストリー、且つ、ラブストーリー。

製作はカナダで、ヨーロッパの映画を思わせるものだった。極極、普通の日常が描かれていて、ハリウッド映画みたいに興奮したりしない、幸せもシンワリ、悲しみも咽に詰まる感じの映画。
タイトルが「my life without me」のままの方が良かったとの評判があって、私もこの映画をみて「そのとおり」と思った。タイトルの違いから製作者の意図するところも変わってしまうように思う。
アン(サラ・ボーリー)が自分の人生を達観したセリフの中で、「これが私、他の誰でもない、私よ」というセリフがある。雨の染み入る感じ、裸足で感じる泥濘、匂い、それらすべてが私であると、人生を達観したところで、me ではなくて youで表現している。ショッピングセンターでのワンシーン、アン以外の人間がみんなミュージカルのように踊っている・・・そんなシーンも・・・。また、2回、なぞのバーテン(薬剤師のようにも見える)が出てくるシーン。

「my life without me」、余命2.3ヶ月の告知を受けた彼女が死ぬまでにしたかった10のことは、自身の人生を変わりなくすごす事・・、それと同時に、自分を取り巻く家族も、自分が死んだ後でも、激変しない、極平凡な日常を過ごせる事だったのではないだろうか。だからこその「私のことを忘れないでね・・」のセリフなのではないだろうか。
生きていても、死んでからも変わらない世界がある。人生を織り成す幾つかの要素を垣間見る内容だったと思う。

静かに時間をすごしたい時にお勧めの映画です。

死ぬまでにしたい10のこと

2010年6月1日火曜日

ブログと日記って違うよね?

ブログの事を公開日記と言うが、ブログは日記ではない。公開日記だから、日記ではない。人が読む事を前提に書き込むのだから、日記ではない。日記だと、人に言えない辛い事、恥ずかしかった事、頭にきた事を赤裸々に書ける、そこに日記のひとつの大きな役割があるが、公開日記では、いや、それ恥ずかしいでショ・・。ではなぜ?書き込むの??まったく変な生き物ね(^-^)

えーと、今、7月の星座、かに座のリングを作っています。7月の誕生石がルビーですから、そのルビーと星座のダブルパワーにあやかりたいとです。でも蟹さんですから、蟹さんを描いたりなんかすると、メルヘンチックな感があって、クールな物が好きな私は、今一ピンと来なくて、蟹さんだけど、クールにしたいと、彫りと燻しを効かせ、シルバーの渋さに手伝ってもらおうと言う作戦で進めています。どんなリングが出来るのかナーー。

今日は、頭が痛くて、半日寝ていました。基本的に、プラス思考でがんばれるタイプの私ですが、歳のせいか、最近は無理がきかず、無理しすぎると返って周りに迷惑をかけるので、辛いときが甘えるようにしています。人それぞれ、努めるポイントって違うじゃないですか・・、私はがんばりすぎる所がダメなところで、がんばらない時には、がんばらないようにしないと嵐を起こしてしまうんですよね。この歳になって、ようやく解ってきたところです。ダメなときは、出来ない・・ダメです・・と言ってしまうと、周りの人が何とかしてくれるものなんですよね・・。

ここのところ、胃の調子が悪くて、ちょっと、気がおちて居ました。「なにか、原因は思い当たらないの?」と聞かれて、「去年の冬辺りから、日本酒が美味しくて、毎日飲んでいたからそのせいかなー、それしか思いつかない・・」と言ったら「でもそんなに大量には飲んでないじゃない」・・と言われて、それもそうだけど・・・・ここだけの話、最近、ストレスに弱くて、無意識下で結構しんどい時があるんですよね・・・、それで酒を???イヤーーー酒ではねー、ダメですよ。お酒を楽しいときに飲まないと、もしくは楽しく飲める状況で飲まないとね、酔えましぇーん。やっぱりストレスには愛!愛が一番!ストレスには愛ですよ(・・ヒイック・・・ゲフッ・・;)

ところで、普天間問題で、我が家は大騒動?でした。いろいろと夫婦で語っておりましたが、ひとまず、もうしばらく様子を見よう・・という事で落ち着きました。皆さんはどうですか?鳩山総理は、もっと長い目で、アメリカの属国のような日本の、真の独立を企てているとの読みがネットではあるそうですね。いずれにしても今は、国民みんなの意識の向上が必要不可欠ですから、そういった面では、自由な発想と精神を重んじ、自己の判断とアイデンティティーを礎に、夢に向かって僅かでも一歩一歩進んで行きたいものです。水前寺清子の有名な歌、「三歩進んで二歩さがる~♪」・・・、二歩も下がるのはチト辛いので、一歩くらいは戻ってしまったかもしれない・・と思う余裕も持ちながら、疲れたら休みながら、でも夢は諦めずに歩んでいけば、きっといい感じで事は成せると思います。諦めない事が大事です。

2010年5月25日火曜日

アロマ石鹸の発売準備をしています。

STONE HIGHでアロマ石鹸を売ることになりました。
タイのアロマ石鹸です。きれいな色の花の彫刻がされていて、とても美しい石鹸です。
解けにくいとラオスの人が言っていたそうですが、本当のところは使ったことがないので分かりません。
・・・(そうだ、つかってみよ・・・)
でも、この石鹸は、どちらかと言うと、使いたくはならない石鹸だと思います。アロマ効果を狙って、どこかにおいて置く使い方をすると思うのだけど・・・、はじめから使う人もいるのかしら・・・、赤ちゃんは食べてしまいそうだからご注意!ください。香水みたいな匂いです。甘い、きれいな匂いです。
乞うご期待!!

2010年5月20日木曜日

友達の結婚お披露目パーティーに行ってきた話し

先週の日曜日、友達の結婚披露パーティーに行ってきました。18年来の友人です。私よりも7歳くらい年上の男性でたぶん45歳とか46歳とかだと思うのですが、ようやく結婚したわけです。本当にうれしかったなー、友人Mは、昔から付き合う女性は大概美人でスタイルもいい人ばかりでした。決して本人は美男子ではなく、一見そんなにモテル男には見えないのですが、付き合う人は美人でいい女が多かったように思う。でも45まで結婚しなかった彼、結婚願望はずっとあったらしいが、結婚したい相手に会わなかったのかな。

仕事を一緒にしていた当時、私たちはいつも数人でつるんでいて、大体相手の行動範囲は把握していた。
つるまなくなってから早18年、その間、たまーに会ったり、飲んだりはしていたが、生活はまったく別、何を思い、どんな苦労があるか、なんてことは、わからない関係となっていた。ただ、一生友達だという気持ちだけは、当時と変わらないでいた。どんな事があっても変わらない友情はある。半ばそれだけで繋がっていたような時間がずっと続いていた。

パーティー会場で初めて彼女を見て、Mが必要だと思う相手はこの人だったのか・・と直ぐに理解できた。そんな彼女だった。

私 : 「どうして知り会ったんですか?」
彼女: 「飲み屋でね、はじめは青山の美容しだかなんだか知らないけど、いけ好かない嫌な客だと思ったんだけど、話している内に、この人と生活したら楽しいだろうなーと思うようになったんだ」

意外な話だった。
私の知っているMは、人に気を使う人で、初対面の相手に不快な印象を与える場面を見たことがない。
どちらかと言うと、自分を出さないタイプ。そんな彼が最初から彼女には嫌なやつでいたのだ。

世間の荒波の中で、自分をさらけ出して生きるのは難しいだろう。とかく今の時代、問題発起をする人間は蚊帳の外に出される傾向にある。たとえ嫌な思いをしても、失礼なことをされても、ストレスに直面しても、
対外的には、「まーまー、むきにならないで、大人なんだから・・」みたいな呑み込み方で時は過ぎる。
でも、そんなまずいもの消化できないから、どこかで吐き出すかなんかして、みんな生きている。
ただ、ゴミはなるべく出したくないと現代人であれば思うわけで、
そんなかんなでつい食べすぎでしまうのだ。そう、彼は昔に比べてずいぶんと太っていたなー・・。

かくして、友人Mは、心底リラックスできる相手を見つけたのでした。かっこつけない生き方を求めていたもんな彼は・・・。パーティーでは、そんなMの幸せな笑顔を終始見ることが出来て、心からうれしかったです。

2010年4月17日土曜日

与党に求める事

現在の日本における住居環境は、全体で凡そ95平米とされている。
この数字はフランス、ドイツ、イギリスと比べて決して狭くは無い。
アメリカだけは148平米と、とても広いが・・。
しかし、持ち家と借家とでは大きな差があり、借家に関しては、持ち家の半分にも満たないのが現状である。
ドイツなどでは、所得階層ごとに異なる住居補助政策を取っている。
中位クラスには、低利の資金供給をして、家を買える補助をし、下層には、地主への家賃補助をしていたりする。これらの補助制度によって、借家と持ち家との差は、明らかに緩和されている。

1998年の統計では、日本は全体で92.43平米に対して、借家は44.49平米で、この落差はフランス、イギリス、ドイツと比べても非常に大きい。ここでもアメリカは全体で151平米、借家でも113平米と驚くほど広い。日本は、政策的に目指す所の「誘導居住水準」では3人で都市住居型では75㎡、一般型では98㎡で、「最低居住水準」では、3人で39㎡とされている。今や「誘導居住水準」は、一生ハードに働き続けて、到達できる中流層、もしくは、週一日の休みもそこそこに働き続けても到達できない層が国民の多数を占めているのが実情ではないだろうか。


現在、消費税論が活発に議論されている中で、日本の政治家はヨーロッパの現状を基準に論じているが、
日本と、ヨーロッパ主要国とでは、まず、住居環境に対する政治的補助制度に明らかな違いがある。
国民の幸せと、国の繁栄を考える時、住居環境を中心にすえて考えていない事は、政策を打ち出す上での大きな問題と言える。住居環境は、人が安心して生活をする上での重要課題であり、また、根源的な課題でもある。

人が生きていく上で、誰もが明らかに必要としている物は、食べ物、衣類、家である。衣類に関して言えば、ユニクロの革命と言っても過言ではない低価格衣料品に救われている国民は非常に多いのではないだろうか。私はユニクロの社長は素晴らしい人だ!!と尊敬している。
食に関して言えば、粗悪な食べ物が横行している。食料自給率に関しても40%と非常に低い。
これら、三つの最も重んじられるべき要素の内、国家が政治的に主導権を持って対処されるべき二つの課題、
住宅と食に関して、共通のキーワードである「土地」に対する認識の改善が求められるのではないだろうか。
そして、土地とは、国土その物であり、国土をどのようにシェアするのか、その得策をマニフェストとしてあげていただきたいと、切実に願う。
衣食住が安定保証されて初めて、他者の為に何かしようと思えるゆとり、学ぼうとするゆとりが育まれるのではないでしょうか。

日本は、資本主義体制の民主国家ではなく、成熟した社会主義体制の民主国家目指して欲しいと思います。

2010年4月16日金曜日



この間、アメ横で買ってきた魚達、目がいっぱい・・・。
圧力釜で甘露煮にして食べました。ご飯のおかずに、酒のつまみにと、この魚達は大活躍でした。
圧力釜にかける前、きれいに並べて・・・写真パシャリ。綺麗だったので、つい写真をパシャリパシャリ・・。画像で見てみてビックリ!「気持ちワル・・コワッ・・ご苦労さん」

私達って、こういう事しているんだと、実感したほうが良いと思う。
我が家では、あまりお肉を食べませんが、
何故食べない理由は、
「わざわざ、動物を殺してまで、肉を食べたいと思わない」
「私は、豚は殺せない」
「他に食べ物があれば、それを食べれば良い」
と言うのが、一つ大きな理由です。
その他、無駄に体内酵素を使いたくない・・と言う年配者の意見も・・。
でもたまには、肉も食べます。鶏肉と豚肉です。牛肉はリスクが大きくて食べません。
そんな時私は、
「私は、たまには殺して食べる事が出来る;」
と心で思って買い物かごへお肉を入れるのですが・・・、
今、この文章を書きながら、「やっぱり・・・」とゾワッとしました。

で、買い物をする時に想像する豚や鳥の生前の姿・・、野山を駆け回って生きていた豚(それはいのししか、、)を弓矢とか、仕掛けた罠で殺して食べるのなら「うーん、それはよし」と、「上手そうな肉だ」と思う。しかし、狭くて暗い家畜小屋で身動きも自由に取れず、不衛生、ストレスで毛が抜けているような環境の中で生きて、殺させた豚、鳥を想像する時、私はそのお肉は食べれません。
私は、そのお肉は食べれない。

つい最近、黒マグロの漁獲禁止問題をクリアーした日本。あの件は、これとは違う事情や社会背景が在りますが、少し、肉やマグロを食べ過ぎなのではないかな?
我が家はお金持ちではないですが、(むしろお金を持っていない方だと思う)お肉を買う時は放し飼いの環境で育てられたお肉を買います。
それを買えない家計状態の時は、我慢します。

「質素な中に豊かさがある」
この事をもっともっと生活の中で実感する事で、本当に豊かな社会が形成されるのではないかなー。
「贅沢」と「豊か」とは、必ずしも一致しないと思います。
じゃがいも一つ、ご飯一膳から、どれだけの幸せを感じられるか。その濃さ、深さ、広がりにある幸せに向かって努力したいです。それには、時として、頑張らない姿勢も必要な時があるように思います。

2010年4月5日月曜日

願いは叶う


「親鸞」を読んだ。
すごく面白くて、上巻 下巻と分かれているこの本、
一度読み出したら、ドンドン読んでしまう。
忠範から範宴、綽空、善信、親鸞、そして最後は、
藤井善信。生きながらにして、4回生まれ変わった親鸞。

忠範の時の幼少時代に9歳で寺に入った。
叡山に上って、様々な修行をした範宴時代。
この時から既に、範宴は優秀な堂僧として一目置かれる存在だった。
法然房源信のもと、一つの悟りの境地に達した善信。
そして、法然房の弟子ではなく、それらと並ぶ独自の思想の道を歩み出した親鸞。
後に親鸞は、社会的には不名誉制事ではあったが、魂の歩みの中には、
親鸞が真に願った姿、藤井善信の人生があった。

人は、願っているように人生を生きていると思う。
きっと、本当に願っているように人生は流れると思う。
自分の人生は、自信の視線で見て生きたい。
それは、きっと、唯一無二の世界であって、
広く、共鳴しあった世界でもからだ。

最近私は、人生がとても客観的な存在に感じる。
人生が自分を操っている・・と、そんな風に思う事がある。
他者の視点から生み出される世界が複数混在している、
実に実体の危うい世界だ。

実体の無い世界に対して、「えー~~~」みたいな、捉え方もあるが、
私が感じるに、多くの人はその実体の無い世界で生き、
コミュニケーションしている。
何かと繋がった時、実在化する。

親鸞は素晴らしい人だ。是非会ってみたい。
日本橋三越で親鸞展があるから、見にいこー。

2010年3月29日月曜日

思ったこと

人間って、誰でも元は、複数の人達が交わった一つのエネルギー帯であったのだと思う。
今は、幾つもに分散されて、一粒のかけらのようだけれども、かけらである事をみんな知っている、

それは、
「人間一人では生きてはいけないんだよ」
と言う言葉。
言ったり、聞いたりする、「そこ」。

そして、元の複数で集まったエネルギー帯である事が、もっとも安定し落ち着くのではないだろうか。
意識する、しないに関わらず、その事を知っている。
それは同時に、人間の欲や進んでいる方向なのではないだろうか。

人は生まれた瞬間から、死に向かっている、と言う人がいた。
みんな、いつだって、最高の世界を願っているんだから、だから、笑顔で微笑み合いたいと思う。
それだけで、良い事の方が圧倒的に多いんだ、日々の生活は・・。
いつも、心のどこかで、そう思っている。

2010年3月12日金曜日

意味の無い意味が分かる


自分の意図したように、現実が流れるとは限らない。それが現実だ。自分の行いがどのように派生するのか、全てを理解した上で、行動する人などは多分いないのでなかろうか。
先日、久々に私に超ヒットした映画(DVD)「フィッシュストーリー」・・・。1950年代の話から2012年彗星地球追突の日までの時代の中で、擦れたくらいの接点の中で繋がり続けたものは、「愛」「勇気」とそして、今一さえない人生・・・というか、むしろその大半は冴えない人生。その中で、散々な思いをしながらも諦められない一つの為に頑張った195?年のあの日、その時の産物は、洋書を翻訳して出来た「フィッシュストーリー」だった。全く意味の無い文章、なぜなら、翻訳した人は英語も全く分からない日本人。ただ家族を養う為に、受けるしかなかった仕事であった。そのフィッシュストーリーを次の時代に繋げたのは、意味も無く、信じる事で生きている若者パンクバンド「いい音出てる」「でも売れない」・・、時代「1970年代)とミスマッチだったと言う事で、次の時代へ・・。80年代のバブリーな時代にあって、気弱な青年の青春の1ページに流れるパワフルな曲「フィッシュストーリー」。しかしこの曲、この時代には、ただの売れない曲どころか、なぞの無音部分に女性の叫び声が聞こえる人には聞こえる・・・とのカルトマニア必須の曲になっていた。でもその無音部分には、うわさとは全く違う真実があったのさっ。その真実は無音になって、時代に流されて言ったわけですが、2012年、彗星地球追突直前に、確かに蘇った気がしたよ。報われた気がしたよ。195?年のあの日から、冴えない人生だったけど、でも一生懸命頑張った事が2012年、地球を救ったのでした。面白すぎて、すごく良く出来た映画なので、皆さんに見てもらいたい映画です。

フィッシュストーリーの意味は日本語では「ほら話」と言う意味だそうですが、本当の願いや夢や希望は「ほら話」から始まるような気がします。危うい言葉を使っているけど、ほら話が未来を切り開くのだ!
意味なんてあとでついて来て、何が真実かは、未来に分かる。愛の為、頑張った勇気が、必ず未来その意味と結果をもたらすのだと、とても楽に思える映画。意味なんてない、沢山の真実があるだけなんだ。

多分、見る人それぞれに感じる所が違うのではないかなー。何処をとっても楽しい映画ですが、私が一番心打たれたのは、家族のために翻訳をした男の人です。
「僕の孤独が魚だったら・・・」と言う意味の無い文章・・・、その意味すごく良く分かるんだよね。

2010年2月4日木曜日

朝青龍が辞任した事は、大変な事件だと思います。

あの朝青龍が辞任しました。威勢があって、すごく強くて、ピュアな心を持っている、とても愛の深い人柄に見える朝青龍が品格が無いと非難されていたり、相撲界の恥さらしのような扱いをされている事にとても驚かされています。横綱の品格って何なのか??その事を言葉にして話したい。

私は、相撲協会の言う「品格」の本当の意味は分かりません。朝青龍には相撲協会の意味する「品格」は無かったかもしれません。しかし、彼にはプライドがある。そのプライドこそが、横綱としての品格なのではないのか。彼は、土俵の上で横綱だったと思います。相撲を取る姿勢、テンションが横綱だったと思います。

私は、ほとんど相撲は見ません。子供のころ、父が日曜日の夕方見ていたのは知っていますが、その程度。
朝青龍の相撲を一目見たときに、横綱とは何なのかを垣間見たように思います。

伝統ある、日本の国技、伝統を継承している相撲協会がこのような、魂を捨てるような判断をしたことに強い憤りを感じています。
私は、朝青龍から横綱の品格を落としているような印象は持たない。むしろ、横綱の品格を見せてもらったように思う。この度の事件は、大変残念で悲しい出来事です。

2010年2月3日水曜日

寝てる時間は何してる?

最近、「私、24時間生きてる!」と思う。
寝てる時間は、起きてる時間とは違う次元にいて、
何してるのか?覚えてるように思うときもあるし、
全く時間が消えている時もある。
思いっきり夢の中で、それがあたかも現実のように過ごしていたりする。

朝6時くらいになると、勝手に目が覚めて、それが夢の途中だったりすると、無理やり、夢に戻ろうとする・・けど、もう朝。
寒いけど、夢に戻りたいけど、起きないといけない・・・、思い切って起きて、お湯を沸かす頃には、
「今日も来たな。」と今日の日が現れることにワクワクする。ちょっと楽しくなってきて、そんな今に感謝する。 

穏やかに流れる日常は、素晴らしくありがたい事で、心から感謝する。
「このときをありがとう」と手を合わせる事で、この時間が約束されたような気がする、安心する。
いつの頃からか、深くそう思うようになった。今日も、明日も、ずっと、毎日、目が覚めて、好きな事が出来る夢の中に生まれる。夢から覚めて、また夢の中、夢続きの24時間!寝てる時に見るのも夢だけど、起きている時の現実もまた夢だよね。夢を見れるのであれば、私は楽しい夢を見たい。

2010年1月22日金曜日

国会でいじめなんて見たくないよ

もう長い事、景気が悪いので、最近では、これが当たり前になってきている感もあります。
ここ数日は、国会中継を欠かさず見ています。最近のテレビは全く面白くありませんが、国会は、実に面白いです。政治や政治家に対しては、様々な見方、感じ方があると思いますが、国会中継に関して言えば、政治家の質を伺う事が出来るという点が、私は一つ面白いのです。
質疑応答の際に、日本の国を創造する与党がどのような考え方をして、それに伴い、どのような発言をするのか、また、各大臣の資質と、内閣としてのチームワークが見られて、国会中継はリアルな政治の現状を見る事が出来ます。まずは、真剣に真面目に物事を考えて、真面目に話をしているかを私は見ます。

去年になりますが、子供達が朝、登校している時間に、家の近所の公園で、定年退職したくらいの年齢の男性が、5人か四人で熱く口論していました。通りすがりのおばさんが、
「いい大人が、子供が登校しているのに、あんな姿を見せてしょうがないわねー」
と言っていましたが、私は、そうは思いませんでした。そのおばさんとは違う風に思っていたので、
「そうですか」と答えました。
わたしは、おばさんの考えとは逆に、偶には、近所のおじさんが喧嘩している風景があっていいのではないかなーと、思いました。私は、そのおじさんたちの喧嘩する姿をみて、微笑ましく思いました。
人間味があっていいなーと、変な話ですが、たのしそうだなーって、思ったのです。

随分と前からですが、冷静で、感情的に成らない事が良い事、カッコイイ事のように思われる風潮があります。しかし、これが、かっこ悪く見える時もあるんですよね。
かっこ悪いほうがカッコイイ時もある。何がカッコイイかって、真剣な人の姿はかっこいいですよね。形ではなくて、気持ちがカッコイイのがカッコイイのであって、喧嘩をしているおじさん達もかっこ悪いけど、いいと思います。
今思うと、最後まで見ていればよかったなー、と思いますよ。
もう、見られないかもしれない、あのような穏やかな日常の風景は・・・。

今日の国会の中は、鳩山いじめをしている姿が多く見られて、嫌な気分になりました。方法が気に入らない=。国会の場で、いじめを政治家がしているのだから、子供の社会でいじめがなくなるわけが無い!。これは、「考え」とか「意見」とかのレベルではなくて、「行い」です。
行いは、幼少の時に大人達から教えられる事です。政治の話をする以前の問題で、本当に話にならないと思います。細かすぎるインテリのヘッドはもういいから、心をどうにかしないと不味いのでは。

鳩山総理は大金持ちですよ。金銭感覚も違うのは当然です。
ブッタだって、王子ですよ。庶民とは違うんです。最初から違うんですよ。それで良いではないですか。みんな違うんですから。
その環境だから育まれる者、事があるのだから、
なにやら、共鳴とか、共感とか、平等とか、形ばかりに囚われ過ぎてはいないか政治家の○○さん。
違うからこそ、共感、共鳴、平等と言う概念が生まれたわけで、それが、民主主義、資本主義の考えの柱ではないですか。それを謳っている日本の政治が金銭的不平等を追求した時点で、戦後、日本が目標としてきた資本主義の下の民主主義は否定されるのではないですか。全く、可笑しな茶番劇ですよね。

今、この不景気の中、明日の身の振り方も分からない人々が多くいる中で、大事な国会の場が、こんなお門違いの話の場になっている事が情けない事だと思います。国民の為を思うのであれば、国会の場では、検察の仕事ではなくて、政治の仕事をしてほしいと強く思います。

2010年1月14日木曜日

寝ずには居られなかったお正月。

年末年始と、とにかく寝ました。
「今は、寝なければ、ダメなんだ!」
ぐらいに寝てました。

しかし、年が明けて、4日くらいになると、
段々と、
「もう寝たくない、早起きがしたい・・」
・・・・・・・・、

そして、子供の通学開始と共に、
気合で一日が始まるようになりました。
(・・・寒くて、朝起きたくないんですよね・・、
冬は、冬眠するのが、いいのではないかと、
クマに習いたい気持ちになります。)

今年も、ますます、STONE HIGHらしく、
願わくば、暖かい木漏れ日のような毎日を
過ごしたいと思います。
今年も宜しくお願いします。