あれから、私達家族は、マイケルジャクソンの間違いなく、ファンになりました。
ライブDVDを2本見まして、CDを聞き、THIS IS ITのDVDも予約しました。
もっと、ライブDVDを見たいと思っています。
今、この世にいない人とは思えない、「今」が旬なんですよね。
マイケルジャクソンは、本当はこれからの人だった、
今、これからが本当に素晴らしいことをする人だったのではないか・・と思うと、心から寂しい気持ちになります。
あれだけお金も名誉もある人が、今の世界に何をしようとしていたのか、
それを想像する時、希望が沸いてくるのが、本当に不思議なんですよね。
世界が、繋がって感じられる時、自分もがんばれる気がします。
この小さな力も役に立っていると、安心するのでしょうか。
今年も間もなく、終わりに近づきてきました。
今年は、例年に無く、2009年への哀愁があって、年が明ける時、感動しそうです。
今を生きていると言う事は、今、このとき、存在するもの、全てと共にあるという事ですよね。
最近は、毎日、心の底で、「ありがとうございます」と言っています。
2009年12月1日火曜日
This is it

皆さん見ましたか?「This is it」を。
超新星爆発のような、そんな出来事だったのではないでしょうか。
世界で輝き続けていた星、人々は、遠くから、触れる事は出来なくても遠くで輝いているその美しい星を見て、癒されていたと思います。その一つの星に終わりが訪れる時、その星は、爆発し、光が分散され、宇宙に散っていきます。その塵からまた新しい星が生まれる・・。マイケルジャクソンの死から、私はこんな事を思いました。
もし、マイケルジャクソンが生きていたら、このライブを見る人は、110万人です。その後、DVD が出たとしても、多分、今日ほど、多くの人が目にする事は無かったのではないでしょうか。それは、何故でしょう。マイケルジャクソンが人間だったからではないでしょうか。
どんなに優れた人に対してでも、肉体がある以上、世俗なフィルターを通してその人を見る、これは、ある意味、人が生きていくためには、備わった自己防衛本能です。「もしかしたら、自分が騙されるかもしれない、いい人に見えて悪い人なのではないか」・・・と。
マイケルジャクソンは死んでしまったので、マイケルジャクソンに対して、このフィルターが不要になった結果、生前、彼に興味を持たなかった人々がまでもが、この映画を見のではないか、この映画を見に行った自分と異例の会場内の様子、等々から、こんな事を思ったのです。
・・・私の父も今年になって他界しました。生前は、本当に頑固な父親で、家族も困るほどでした。家族は、そんな父と折が会わなくなって、所謂悪口も言っていましたね。でも死んでしまうと、全くそんな感情が消えてなくなる物なのですね。生きているときには、「理解できない・・」「受け入れられない・・・」出来事も、死んでしまうと、偉面からその事を感じる事ができる、父の目線だけで感じる事が出来ると同時に、それを受け入れられる自分になっています。生きている時には、多分・・・「自分は父を受け入れている」・・と思っていても、それとは間違いなく違う響きなのです。残るのは「愛」だけなんですよね。本当に不思議・・・、小さな人間だ・・。
今も、世界中のいたるところで争いが絶えません。日常の小さな争いから、・・・・まで、これらの争いの原因の一つは、「同じ・・」だからなのではないでしょうか。
だとしたら、同じである領域を広げてはどうでしょう。宇宙の遥か彼方まで意識を広げれば、今、ここにある小さな「がんばり」にも光が当るのではないでしょうか。光に向かってみんな進んでいる、それは本能です。何処に居てもです。進んでいるのです。
さて、今日、少しがんばって、これからピアスを作ります。
今、出来る事を、惜しみなくする事が必要なので、がんばります。
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