



伊勢神宮・・日本の氏神様、天照大御神を祀っている神社です。天照大御神は太陽の神、そして日本の氏神様として、2000年もの間継承されてきました。20年に一度行なわれる式年遷宮が、来る平成25年に行なわれます。その準備が既に始まっていて、宇治橋の立替工事が既に始まっておりました。
話には、素晴らしい所で、あそこは特別な場所だと、友人、知人から聞いておりましたが、マッコト特別な場所でした。「特別な場所」と言うと、なにやら煌びやかであったり、はたまた、怪奇現象が起きるような、突起した場所をイメージされる方も少なくないと思います。このような「特別」感は、伊勢神宮のような素朴な場所ではなく、むしろ、東京23区近郊の大都会特有の特別感であって、ここ伊勢神宮は、虚しいほど移り変わる大都会からは、考えられないほど、古来からの時間が鎮まっている特別な場所だと、誠に心底感じてきました。宇治橋に足をかけ、皇大神社(内宮)内へ足を進めます。宇治橋の途中から五十鈴川と内宮の森からなる景色に心が少し潤う思いがしました。そして、内宮の参道を進みますと、大変素晴らしい木が凛と聳え立っていて、「素晴らしい木だー」と思わずシャッターを押しました。その木をしばらく見続けてから、周りを見渡してみますと、この他にも大木が何本も何本も聳え立っているではありませんか!「すっすっ凄い!!」ここでは、木が沢山語りかけてきてくれるんですよ。もちろん「ヤーコンニチハ」なんて言いませんよ、木ですから・・。そうではなくて、沢山の気と、沢山の時間、そして、少しだけメッセージをくれるのです。この伊勢神宮で私が感動した木の写真です。木が行き続けてきた時間を垣間見た、そんな感動でした.

そんな素晴らしい木々を見ながら参道を歩き、天照大御神が鎮座されているご正宮へ、鳥居をくぐって、白絹の御幌までしかは入れないので、そこでお賽銭を入れ、二拝二拍子一拝をして、天照大御神の御心に触れます。その後、正面から少しはなれて、御幌の奥にある門と柵の先にあるご正宮の敷地内をしばらく見ながら、そこにある空気をひしひしと感じていました。平安時代の西行法師が言った「なにごとのおはしますかは知ねども かたじけなさに涙こぼるる」・・、私もこれと同じ気持ちになりました。
何も考えては居ませんでしたが、不図心の中にジンワリと湧き上がる感動です。この時私は、そこに縄文時代の景色を見ていました。食べて命が繋がれていく、ただそれだけの事、そして、新しく迎える美しい朝日、命を貰った一日の終わりに見る美しい夕日・・、毎日が新しい命だったのだと・・。現代のように毎月1万円以上もの保険をかけて生きている感覚とはまった気違う、上手く言えないけど、私の力ではなく、宇宙に生かされている喜びだと思うのです。その感覚、そのが天照大御神命なのだと、そう実感しました。とても大きく、温かく、優しい神様でした。ホントに感動しました。

結局、2泊3日の旅で、2回、皇大神宮を参拝しました。最終日は、下界に下りるのが恐くて(鞍馬山から降りる時もこの恐怖感に襲われた私でした・・)とても名残惜しく帰路へ・・、しかし、次第に帰る喜びが沸いてきてくれました、「よかった・・」。

ところで、おはらい横丁「五十鈴茶屋」のわらびもち、メッチャ美味しかったですよ~。今まででふんわり、トロトロで、感動の美味さでした。まだまだ、沢山伝えたい事はありますが、この辺で・・小さな幸せいっぱいの一人旅でした。