2008年11月16日日曜日

ドイツ映画「素粒子」


ドイツ映画「素粒子」・・・監督はドイツ人オスカーレーラーと言う人・・・・

『アグネスと彼の兄弟(仮題)』(2003)など、現代人が抱えている問題をシュールに描いていく・・。彼自身、作家の母と文筆家の父の間に生まれるが、幼い頃に母を自殺と言う形で亡くしている。

この映画では、自由気まま、愛は自由なものとばかりにヒッピーと言うブランドの中で生きている母親から生まれた二人の腹違いの兄弟の切なく、悲しい愛の物語が表のストーリーだが、
このストーリーが生まれるまでの感情は、深い深い素粒子レベルで描かれている。

兄ブルーノは、本当の愛を性欲と言う形で満たそうとするが、その度に深く傷つき平静を保て無くなる。自らの心が抱えている問題を感じながらも、複雑な自分の感情に苛立ちすら覚え、本当に際どい人生を歩んでいる。彼を見ていると、所謂、性犯罪者へのプロセスを見ているような恐ろしさを感じるが、この恐ろしさの裏側には、今にも壊れそうなほど繊細で純粋な愛がある事も痛いほど伝わってくる・・。やじろべいのような際どい感情の中で生きている本当に純粋な少年が其処にいるのだ。

悲しいまでに純真なブルーノの目の前に、現れたクリスチアーネ・・・・自分自信の心と体を削るように、貪欲なまでに愛を欲し続ける女性・・。最後は下半身付随となり車椅子の身になるが、このクリスチーネをブルーノは生涯、愛し続けるのであった。他人には決して見ることの出来ないクリスチーネを・・・・。


弟のミヒャエルは有能な科学者、彼は、感情の坩堝の中にいる兄とは一見対照的にクール。
人間の感情に触れようとしない、いや、触れる事を知らないと言った方が正確かもしれない。
彼は、情愛とは真逆にある研究を行なっていた、それは、クローンを生み出す研究だ。
繁殖に愛はいらない・・・、繁殖に感情はいらない・・・。
彼は、大人になって再会した幼なじみのアナベルと結婚するが、その彼女は、ミヒャエルと再会するまでに、愛によって心も体も傷ついていた。そんな彼女を自然のままに愛する事が出来た・・いや、長い間自分の心にあった物が愛である事に気付く事が出来たミヒャエルはアナベルと初めてのセックスをする。そして、子供を身ごもったアナベルだったが、子宮がんである事から、子供を中絶するのであった。
本当の愛に出会えた二人は、結局、自らの子孫を残す事は出来なかった。


愛とは、目に見える物でもなく、決まった形に表れるものでもない・・・、ただ其処には、どうする事も出来ない人生があるだけなのかもしれない。自分の心の平穏を求めて、傷つき、傷つけ、泣き、笑い、
愛し愛され、生きている。最後に掴む幸せは、小さな小さな他の誰にも分からない、本当に小さな世界で、その世界はきっと、長いトンネルになっていて、大きな宇宙に繋がっていると、そう感じた映画だった。この映画は、複雑で多様な人間ドラマを描きつつも、必ずことの始まりには愛があるように思える、それは森羅万象の神、愛であり、科学者が誠に到達すべき素粒子の世界なのではないか。

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